オトスミ文庫
暦Wikiは彼岸が昼夜等分の日に結びついているようだと説明している。農林水産省は春分の日に墓参りをして仏壇にぼたもちを供える習慣を紹介している。
彼岸の中日は7日間の真ん中の日で今の暦では春分と秋分の日にあたる。中日と春分や秋分が重なるようになったのは天保暦以後だと国立天文台は説明している。
彼岸は雑節の一つで春分と秋分をはさんだ7日間を指す。令和9年は春が3月18日から24日まで秋が9月20日から26日までになる。
4月始まりの年度の由来を明治の公文書からたどり、会社の決算月の実際を国税庁の統計で確かめる。
年1回決算の法人のうち3月決算は17.8%で五社に一社に届かない。所得金額では63.7%を占め資本金100億円超の法人では73.0%が3月決算だ。
財政法第11条は国の会計年度を4月から翌年3月までと定めている。法人税法第13条は定款等に定めた会計期間を事業年度とし国の年度に合わせよという文言はない。
尋常師範学校の学年は明治25年に4月始まりと定められ小学校の4月学年は明治33年の規則で条文になった。学校の新年度は会計年度に合わせる形で4月にそろっていった。
軍事費が膨らみ収支が悪化するなかで松方正義は次年度の予算の一部を今年度の収入に繰り入れていた。明治19年度からの4月始まりで明治18年度は9か月になり予算のつじつまが合った。
明治5年の太陽暦への改暦は財政の問題から急がれたと大隈重信の回想に記されている。閏月で13か月になる明治6年の月給と2日だけの12月分を払わずに済んだという。
明治2年に10月始まりで生まれた国の会計年度は1月始まりと7月始まりを経て明治19年度から4月始まりになった。4月始まりは初めから決まっていたものではない。