お彼岸の本 第2章
第1章では、お彼岸が春分と秋分をはさんだ7日間であることを確かめました。この章では、その真ん中の日である彼岸の中日を取り上げます。
国立国会図書館の「日本の暦」は、彼岸の7日間のうち最初の日を彼岸の入り、春分や秋分の当日を中日、最後の日を明けと呼ぶと説明しています。中日には「ちゅうにち」という読みが添えられています。
国立天文台暦計算室の暦Wikiも、初日を入り、真ん中にあたる春分や秋分を中日、終わりを明けとしています。入りから数えて4日目が中日で、そのあとに3日が続いて明けになります。
つまり今の暦では、春の彼岸の中日は春分の日、秋の彼岸の中日は秋分の日と同じ日です。国立国会図書館の資料では、春分は3月21日頃、秋分は9月23日頃とされ、二十四節気の日付は年ごとに1日ほどずれる場合があると書かれています。
ただし、中日と春分や秋分がいつも同じ日だったわけではありません。暦Wikiによると、彼岸の中日が春分や秋分と重なるようになったのは天保暦以後のことです。
天保暦は、春分や秋分を太陽の黄経で決める定気法を採った暦です。暦Wikiは、それより前の時代には1年の日数を単純に24に分けて二十四節気を決めていた(平気法)と説明しています。
天保暦より前は、彼岸の日取りも今とは違っていました。暦Wikiによると、貞享暦までは春分や秋分の2日後を彼岸の入りにしていました。入りから数えて4日目が中日なので、この数え方だと中日は春分や秋分より後ろにずれます。
その後の宝暦暦では、中日を当時の計算で昼と夜の長さが等しくなる日に合わせようとしました。具体的には、中日を春分の2日前、秋分の2日後としたと暦Wikiは書いています。
春分や秋分が太陽の黄経で決まるようになった天保暦から、中日と春分や秋分がそろいました。暦Wikiの表でも、天保暦と現在は同じ並び方として示されています。
今の暦要項でも、春分は太陽黄経が0度、秋分は180度になる日として載っています。令和9年(2027年)の暦要項では、春分は3月21日の5時25分、秋分は9月23日の15時2分です。
同じ暦要項は、彼岸の入りを春が3月18日、秋が9月20日としています。入りから4日目にあたるのは3月21日と9月23日なので、令和9年の彼岸の中日は春が3月21日、秋が9月23日です。春分の日と秋分の日の日付とも一致します。
次の章では、お彼岸の7日間にまつわる習わしに目を向けます。
参考:国立天文台暦計算室 暦Wiki「雑節とは?」/国立国会図書館「日本の暦」雑節/国立天文台暦計算室「令和9年(2027)暦要項 二十四節気および雑節」
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