ノートがきれいな人ほど落ちやすい 第6章
前の章の終わりで触れたとおり、穴が見えたら大切なのは広げることではなく閉じることです。では、試験前いちばん効くのは新しい範囲を開かないこと、とはどういう意味でしょうか。それは、直前に足すほど不安が増え、手元の一冊を最後まで回す時間が削られてしまうからです。
試験が近づくと、まだ見ていない論点や別の本が気になり始めます。書店や通販の画面を開くと、今の自分に足りないものが並んでいるように見えます。一冊足せば安心が買える気がする。その気持ちは自然です。けれど新しいページを開くほど、思い出す練習に使える時間は減っていきます。範囲が広がると、何が穴だったかもぼやけてしまいます。不安が増えるのは、知識が足りないからだけではなく、範囲を広げた結果でもあるのです。
この本のタイトル「ノートがきれいな人ほど落ちやすい」が指してきたのも、同じ取り違えです。きれいにまとめたノート、色のついたマーカー、積み上がった参考書。どれもやった気になりやすい作業です。第1章から見てきたとおり、手を動かした実感と覚えた実感は別ものです。試験直前に新しい範囲を開く行為も、進んだ顔をした「やった気」になりやすいのです。
学習法の研究を広く見直した論文でも、何も見ずに思い出す練習は効果が高いと評価されています。読み返すだけでは効果が限られる、という評価も同じ論文にあります。直前に新しい本を足すことは、思い出す練習にも、時間を空けた繰り返しにもつながりにくいです。手元の一冊をもう一周し、落ちた所だけを閉じて確かめるほうが、試験前の時間の使い方として筋が通っています。
では、閉じる決断をどう置けばよいのでしょうか。ここでは、社会人でも守りやすいやり方を三つ挙げます。
一つめは、新しい教材を買わないと決めることです。試験前の数週間は、手元にある主教材と問題集だけで進めます。迷った論点があっても、別の本を探しに行かず、今の本の該当ページを読み返してから、何も見ずに言えるかを試します。
二つめは、主教材の最終周を優先することです。全部を均等に読む必要はありません。第5章で見えた穴と、思い出そうとして詰まった所を先に回します。一周しきれなくても、弱い所に触れた回数のほうが、新しい章を開いた回数より役に立ちやすいでしょう。
三つめは、思い出す練習で落ちた所だけを直すことです。解けなかった問題、言えなかった用語、混同した選択肢。それらを短いリストにして、翌日もう一度閉じて試します。直す対象が限られるほど、不安の輪郭もはっきりします。
閉じることは、諦めではありません。足す自由を一度手放し、すでに通った道を確かめる選択です。きれいなノートや新しい本がくれる安心より、何も見ずに思い出せる所のほうが、試験の日に残ります。やった気を積み上げるのではなく、思い出した跡を積み上げること。その切り替えができれば、ノートがきれいな人ほど落ちやすい、という逆説から一歩離れられます。
試験前いちばん効くのは、新しい範囲を開かないことです。閉じる決断をした人から、手元の一冊はようやく最後まで届きます。
参考:Dunlosky, J., Rawson, K. A., Marsh, E. J., Nathan, M. J., & Willingham, D. T. (2013). Improving Students’ Learning With Effective Learning Techniques: Promising Directions From Cognitive and Educational Psychology. Psychological Science in the Public Interest, 14(1), 4–58. DOI: https://doi.org/10.1177/1529100612453266
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