ノートがきれいな人ほど落ちやすい 第1章
資格の勉強を始めると決めた日、まず書店に向かう人は少なくありません。評判のよい参考書を一冊選び、念のためにもう一冊を足し、問題集も手に取る。帰り道には、もう半分くらい進んだような気持ちになっています。
この「進んだ気持ち」が、この本の出発点です。教材を集めること。ノートをきれいに整えること。どちらも手を動かした実感があり、成果が目に見えます。けれどそれは、覚えたという実感とは別のものです。やった気になる作業は、やった作業とよく似た顔をしています。タイトルの「ノートがきれいな人ほど落ちやすい」という逆説は、この取り違えから始まります。
第1章では、その入口である教材の量について考えてみます。
参考書を何冊も並行して使うと、範囲は確実に広がります。ある本には載っている細かい論点が、別の本には載っていない。それに気づくと、両方を押さえたくなります。こうして読むべきページは増えていきますが、頭に残る量は同じ速さでは増えません。むしろ一冊ごとの往復が減るぶん、どの本も一度読んだきりになりやすいのです。
学習法の研究を広く見直した論文でも、読み返すだけの勉強は効果が限られると評価されています。一方で、自分で思い出す練習や時間を空けて繰り返す学習は、効果が高いとされています。教材の冊数を増やすことは、このどちらにもつながりません。
働きながら勉強する人にとって、時間はいちばん限られた資源です。平日の夜に一時間、週末に数時間。その枠のなかで三冊を一周するのと、一冊を三周するのとでは、残るものが大きく違います。
一冊を何度も回すと、二周目からは見え方が変わります。一周目では全部が新しく、どこが大事なのかもわかりません。二周目には、覚えている所と抜けている所が分かれて見えてきます。三周目には、抜けている所だけに時間を使えるようになります。この「抜けが見える」状態こそが、限られた時間を生かす鍵です。
厚い参考書や何冊もの教材は、安心をくれます。これだけそろえたのだから大丈夫だと思えるからです。ただ、その安心は試験の点数とは結びついていません。本棚に並んだ背表紙は、覚えた量ではなく買った量を示しているだけです。
教材を足したくなる気持ちは、不安の表れでもあります。一冊だけでは足りないのではないか。そう感じたときこそ、新しい本を探す前に今の本をもう一周してみてください。足りないと思っていた知識の多くは、すでに手元のページに書かれています。
では、すでに何冊も持っている場合はどうすればよいのでしょうか。答えは単純で、主に使う一冊を決めることです。ほかの本は手放さなくてかまいません。わからない箇所を調べる辞書として、脇に置いておけば十分です。
主役の一冊は、いちばん詳しい本である必要はありません。最後まで回せる厚さかどうか。問題を解いて確かめられるかどうか。その二つを基準に選ぶと、迷いが減ります。
同じ本を何度も回すのは、地味で手ごたえの少ない作業です。新しいページをめくる楽しさもありません。けれど試験の日に頼りになるのは、何度も通った道のほうです。
次の章では、教材の量と並んで「やった気」を生みやすい道具、マーカーについて考えます。
参考:Dunlosky, J., Rawson, K. A., Marsh, E. J., Nathan, M. J., & Willingham, D. T. (2013). Improving Students’ Learning With Effective Learning Techniques: Promising Directions From Cognitive and Educational Psychology. Psychological Science in the Public Interest, 14(1), 4–58. DOI: https://doi.org/10.1177/1529100612453266
次の章:マーカーを引くほど頭に残らない