丑三つ時は何時なのか

執筆者:

カテゴリ:

約3分で読めます

干支の本 第6章

第5章では、十二支が方角を表す使われ方を見ました。十二支は時刻を区切るのにも使われてきました。暦Wikiの十二支の表にも、方角の欄と並んで時刻の欄があります。この章では、いわゆる丑三つ時がいまの何時にあたるかを確かめていきます。

国立天文台暦計算室の暦Wikiによると、1日を十二に分けて十二支の名を当てる方法を十二辰刻といいます。子から亥までを順に割り当てます。1辰刻の間隔は、いまの時計では2時間にあたります。不定時法でも十二支は使われるので、どちらの時刻かを確かめる必要があります。表に載る時刻は、定時法の場合のものです。

定時法の時刻表では、23時から1時までが子の刻にあたり、その中央が正子です。暦面上の1日は正子に始まるため、子の刻は日付をまたぎます。1時から3時までが丑の刻です。11時から13時までが午の刻にあたり、その中央が正午です。正午の前が午前で、後ろが午後となります。

刻や分という語は、場面によって定義が同じとは限りません。暦Wikiでは、各辰刻の初めを初刻、中央を正刻と呼ぶと説明しています。延喜式では1日を48刻とし、それを12辰刻に当てて1辰刻を4刻としました。一刻から四刻まで数えるため、三刻は中央の位置になります。いわゆる丑三つ時は、丑の三刻にあたりおよそ午前2時を指します。

細かな幅までは、ここでは扱いません。国立天文台の説明は、丑の三刻と午前2時を対応させるにとどまっています。いわゆる丑三つ時をいまの時計で読むときの目安は、およそ午前2時にあたります。

1時間の長さが季節で変わらないのが定時法で、季節で変わるのが不定時法です。江戸時代は昼と夜を分け、それぞれを6等分して一刻を定めました。昼は明六つから暮六つまで、夜は暮六つから明六つまでです。昼の長さは季節で変わるため、一刻の長さも季節で変わりました。

ATOMICAによると、江戸では明け六つが夏至ごろと冬至ごろで1時間ほどずれます。国立天文台とATOMICAの説明どおり、同じ「丑三つ」でも江戸では季節によって動いていたことになります。いまの時計の時刻と重ねるときは、定時法か不定時法かを区別する必要があります。

いま一般に使うのは、一日を二十四時間に分ける定時法です。定時法は明治の改暦で導入され、明治6年(1873)から採用されました。暦Wikiは、明治5年の改暦の布告で導入されたと書いています。ATOMICAは、明治6年1月1日以降に定時法が用いられていると書いています。いまの2時間刻みで読む十二辰刻は、この定時法に沿った見方です。

六十干支は、年を数えるだけでなく、年齢の区切りにも結びついてきました。次の章では、六十干支が一巡する年齢の数え方を見ていきます。

参考:国立天文台暦計算室 暦Wiki「十二支」/国立天文台暦計算室 暦Wiki「時刻/定時法と不定時法」/日本原子力研究開発機構 ATOMICA「不定時法」

前の章:干支の方角と鬼門

次の章:還暦はなぜ60歳なのか

ほかの暮らし