節分になぜ豆をまくのか

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節分の本 第3章

第2章では、大晦日の夜の鬼やらいが立春の前日の節分と重なっていった流れを見ました。この章では、その行事でなぜ豆が使われるのかを、公的な資料にある説明からたどります。

農林水産省の消費者相談の回答は、豆は米と並んで暮らしを支える食べ物で、霊力があるといわれてきたと説明しています。その豆で病や災いである鬼を払い、豆を食べて力をもらえると考えられたことが、豆をまく理由だとしています。

同じ回答によると、この考え方が中国の古い鬼追いの行事である追儺と結びついて広まったとされます。

国立国会図書館の「本の万華鏡」は、使われる穀物の移り変わりに触れています。今の節分では大豆を使うことが多いものの、中国の大儺では小豆や五穀が使われていたそうです。日本でも、米や麦、粟、炭などが使われたことがあるようだと書かれています。

では、なぜ大豆が主に使われるようになったのでしょうか。同じ解説は、いくつかの言い伝えを紹介しています。一つは、中国の本草、つまり医書に、大豆は鬼毒を消して痛みを止めると書かれていたからという説です。

もう一つは、「まめ」という音に「魔滅」、つまり魔を滅ぼすという意味が込められているという言い伝えです。あわせて国立国会図書館は、五穀の中で大豆が手ごろだったことが影響した可能性にも触れています。

同じ解説によると、大豆は厄落としのほか、疫病や疱瘡、風邪などの病よけのまじないにもよく使われていたようです。豆が災いを退けるものとして扱われてきたことは、こうした使われ方からもうかがえます。

豆の使い方は、まくことだけではありません。国立国会図書館は、炒り豆を神社やお寺に奉納してその年の無病息災を祈ったり、厄よけとして炒り豆を食べたりする風習も各地にあると紹介しています。ただ、豆を炒って使う理由までは、今回確かめた資料には書かれていませんでした。

掛け声も古くから記録に残っています。同じ解説が引く当時の日記には、立春の前の晩に家ごとに豆をまき、「鬼ハ外福内」の四字を唱えたと書かれています。南北朝時代には、この言葉を唱えて豆を打つ行事が公家や武家に限らず民間にも広がっていたことがわかるそうです。

掛け声にも土地による違いがありました。国立国会図書館が紹介する江戸時代の各地の答書の中には、「福は内、鬼は内」と唱える家もまれにあるという地域の記録があります。翌朝のご飯に前の日の豆を入れて炊いて食べる、という地域の答えも紹介されています。

豆をまく理由には、豆の霊力、魔滅という言葉、医書の記述など、いくつかの説明が並んでいます。どれか一つに決まっているわけではありません。次の章では、豆まきに落花生を使う地域を取り上げます。

参考:農林水産省「節分の日に豆をまくのは、どうしてですか。」/国立国会図書館「本の万華鏡 第21回 大豆 第1章 節分と豆まき」

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