鏡開きはいつするか

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お正月の本 第6章

第5章では松の内の終わりを見ました。この章では、第2章で飾り始めを見た鏡餅について、いつ下げて鏡開きをするのかを資料からたどります。

鏡開きは、正月に供えた鏡餅を下ろして食べる行事です。農林水産省の案内は、無病息災を願って食べる行事だと説明しています。

同じ案内によると、お供えした餅に刃物を当てるのは縁起がよくないとされ、包丁ではなく木口で叩いて割るそうです。「割る」という言葉も避けて「開く」と言う、とも紹介されています。

では、いつするのでしょうか。国立国会図書館のレファレンス協同データベースにある江戸東京博物館の回答は、1月11日の正月行事として鏡開きを挙げています。

農林水産省の別の記事も、多くの地域で1月11日の鏡開きまで飾ってから食べると紹介しています。国際交流基金の資料にも、1月11日まで飾り、そのあとおしるこやお雑煮に入れて食べるとあります。今回見た資料の多くが、1月11日を挙げています。

ただし、全国で1月11日に決まっているわけではありません。博物館の回答は事典を引き、もとは20日だった日が江戸時代に11日へ改められたと紹介しています。理由は将軍の命日が20日にあたるためとされますが、どの将軍かは資料によって書き方が違います。

百科事典の解説にも、4日や7日などに鏡餅を下げる所があると書かれています。2日や4日に行う例や、11日に限らないという記述も見られます。補助として見た製造者団体の案内も、日は地方によって異なるとしたうえで、一般的には1月11日としています。

鏡開きのもとについては、武家の正月行事とのつながりが紹介されています。彦根市の広報は、江戸時代の武士が正月に具足の前へ鏡餅を供えていたと紹介しています。1月11日にはその餅を皆で分けて食べており、それが鏡開きの風習のもとになったという説明です。

博物館の回答も、別の事典を引いて、室町時代に始まり江戸時代に形が定まった年中行事の一つだとしています。

下げたあとの食べ方にも触れておきます。農林水産省の案内は、鏡もちは下ろして食べることに意味があるとし、捨てずに食べることが大切だと述べています。

百科事典の解説は、手で欠いたり槌でたたいたりして割り、雑煮や汁粉にして食べると説明しています。自治体の子育て広場の案内も、包丁を使わずに「開く」と言うのには縁起をかつぐ意味もあると紹介しています。

鏡餅を下げる日は、1月11日が多いとされる一方で、土地や家によって違いがあります。迷ったときは、住んでいる地域や家で続けてきた日取りを確かめるのが確実です。次の章では、正月飾りの処分方法とどんど焼きを整理します。

参考:国立国会図書館 レファレンス協同データベース「鏡餅・鏡開きの由来について。」(江戸東京博物館)/農林水産省「鏡もちの由来と美味しく食べるコツ」/農林水産省 aff「季節と餅」/国際交流基金『日本語教育通信』「写真で見る日本人の生活 正月」/コトバンク「鏡開き」(世界大百科事典・日本大百科全書・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)/彦根市「武士の正月 具足祝い(具足飾り)」/匝瑳市「つどいのひろば」/日本鏡餅組合「よくある質問」

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