お正月の本 第2章
鏡餅は、正月に神へ供える丸い餅です。国際交流基金の日本語教育向けの資料は、鏡のように丸く作ったもちを部屋に飾ると紹介しています。稲作を中心としてきた日本では、もちが神様の象徴とみられていた、とも書いています。
名前の由来については、国立国会図書館のレファレンス協同データベースにある江戸東京博物館の回答が、二つの説を紹介しています。鏡と同じ円盤の形からきたという説と、女性が鏡台に餅を供えたことからきたという説です。
供える意味は、徳島県立博物館の博物館ニュースが解説しています。正月の飾りや供物は、年の始めに一年のくらしを祝福しに訪れる「トシガミ」を迎えまつるためのものとされます。トシガミは、穀物の霊や家の先祖の霊への信仰から成り立った神と考えられています。
同じ記事によると、注連縄は神を迎える神聖な場所の区域を示すものです。それに対して丸い鏡餅は、一人一人の魂をかたどったもので、訪れた神に生命を新たにしてもらうために捧げる供物だったといわれています。第1章で見たしめ縄が迎える場の印なら、鏡餅は迎えた神への供え物という関係です。
では、いつから飾ればよいのでしょうか。今回確かめた公的な資料には、全国共通の飾り始めの日は書かれていませんでした。柏崎市立博物館のページは、大掃除ですっきりしたら鏡餅やしめ縄などを飾る人も多いのでは、と年末の様子を紹介しています。
家ごとの決まりの例もあります。徳島県立博物館の記事では、神山町鬼籠野のある家で、床の間の前に「お棚」を吊るし、大晦日に家の当主が設けるしきたりになっています。元旦を迎えるにあたって、まずこのお棚に大きな鏡餅を供えるそうです。
補助として、鏡餅の製造者でつくる団体の案内も見ておきます。この案内は、鏡餅はなるべく早めに用意して余裕をもって供えるよう勧めています。12月31日に供えるのは「一夜飾り」として好ましくない、というのが団体としての立場です。
飾る場所も一つではありません。徳島県立博物館の記事は、屋内には常設の神棚とは別に、恵方棚などと呼ぶトシガミのためのまつり場が設けられたと述べています。
先の神山町の家では、小さな鏡餅を一年の月の数にあわせて12組用意すると言い伝えられています。今は省いて10組を、お棚や床の間、神棚、仏壇などに分けて供えているそうです。
新潟県の柏崎市立博物館は、柏崎の一部で、年末から1月25日まで「天神様」を年神さまとしてまつる風習を紹介しています。座敷には天神様の像か掛け軸を置き、三方に鏡餅や果物などを乗せてお供えするそうです。同じページでは、神棚や鏡餅の下に飾る「八丁紙」という切り紙も紹介されています。
国際交流基金の資料も、三方という台にしだの葉をしいて丸いもちを二つ乗せる形を紹介しています。先の団体の案内は、場所や大きさに特にとらわれなくてよいとしています。供える場所の例としては、床の間や神棚、玄関に加えて、台所・水まわり・仕事場も挙げられています。
いつ、どこに飾るかに迷ったら、住んでいる地域の慣わしや家の決まりを確かめるのが確実です。地元の博物館や自治体が、土地の正月の習わしを紹介していることもあります。下げる時期や食べ方は、鏡開きの章で取り上げます。次の章では、年越しそばはいつ食べるのかを整理します。
参考:国立国会図書館 レファレンス協同データベース「鏡餅・鏡開きの由来について。」(江戸東京博物館)/国際交流基金『日本語教育通信』「写真で見る日本人の生活 正月」/徳島県立博物館「正月のまつり方」(博物館ニュース054号)/柏崎市立博物館「博物館のゆく年くる年」/日本鏡餅組合「よくある質問」
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