日本は一度、夏時間をやめている 第1章
『日本は一度、夏時間をやめている』の目次:日本は一度、夏時間をやめている
日本にも、夏のあいだ時計を一時間進めていた時代がある。そして、やめた。
始まりは1948年(昭和23年)4月28日だ。この日、夏時刻法(昭和23年法律第29号)が公布され、公布の日から施行された。条文は三つしかない。第1条は、毎年決まった期間について次のように定める。
「すべて中央標準時より一時間進めた時刻(夏時刻)を用いるものとする。」
中央標準時は、日本の時計の基準になっている時刻だ(日本標準時は東経百三十五度)。夏時刻法は、その基準を夏だけ一時間前へずらした。期間は四月の第一土曜日の午後十二時から、九月の第二土曜日の翌日の午前零時まで。特に中央標準時によることを定めた場合を除いて、この間の時刻はすべて夏時刻になる。第2条には一日の長さまで書いてある。始まりの日曜日は二十三時間、終わりの九月の土曜日は二十五時間で一日とした。
一年目は、法律ができたのが4月の終わりだった。附則で、この年に限って始まりを「五月の第一土曜日(五月一日)」に置きかえている。
1952年(昭和27年)3月28日の衆議院本会議で、労働委員長が実施の経過を振り返っている。一年目は特例で五月から始まり、「さしたる論議も起りませんでした」。翌年から、様子が変わっていく。廃止の法律案は政府ではなく議員が出したもので、各派から提出されていた。議長が異議の有無を問い、衆議院はこの日のうちに委員長報告どおり議決した。
一週間後の4月4日、参議院本会議で労働委員長が一つの法律案について報告した。夏時刻法を廃止する法律案だ。報告はまず法律の目的を振り返る。日光を十分に利用する習性を養って国民保健の増進に寄与すること、電力や石炭などの重要資源を節約すること。そのうえで、こう続けた。
「施行以来四ヵ年の実績を顧みますると、制定当時の目的を達成するよりも、むしろ労働者、農民及び家庭の主婦等の過労の原因となり、却つて能率を低下させる虞れがある等、国民生活の実情に副わない不便な点の多いことが明らかになつて参りました」
委員会は提案者の説明を聞いたあと、質疑も討論も省いて採決に入り、全会一致で原案どおり可決していた。報告が終わると本会議でも採決があり、総員が起立した。参議院も全会一致だった。
1952年4月11日、夏時刻法を廃止する法律(昭和27年法律第84号)が公布され、その日から施行された。本文は一文だけだ。
「夏時刻法(昭和二十三年法律第二十九号)は、廃止する。」
この法律の御署名原本は、国立公文書館に保管されている。始めるときは三条と附則、やめるときは本文一文。この年の夏から、日本の時計はふたたび一年中、中央標準時で動くようになった。
日光をうまく使うために進めた一時間が、四年で過労の原因と報告されるまでになった。その一時間のどこで、誰が疲れていたのか。国会の記録と、当時の政府の調査には、その手がかりが残っている。
参考:衆議院「夏時刻法(昭和23年法律第29号)」/衆議院「夏時刻法を廃止する法律(昭和27年法律第84号)」/国会会議録検索システム「第13回国会 参議院本会議 昭和27年4月4日」/国会会議録検索システム「第13回国会 衆議院本会議 昭和27年3月28日」/国立公文書館デジタルアーカイブ「夏時刻法を廃止する法律・御署名原本・昭和二十七年・法律第八四号」
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