日本は一度、夏時間をやめている 第4章
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1948年の夏時刻は、立法の時期の関係で、臨時に五月の第一土曜日から始まった。法律が定めたとおり四月の第一土曜日から時計を進めたのは、翌1949年(昭和24年)が初めてだった。
その結果を、政府は国会で説明している。1950年(昭和25年)3月22日の衆議院労働委員会で、政府委員が夏時刻法の一部を改正する法律案の提案理由を述べた。政府はこの制度を「まつたく新しい試み」として、実施の状況を調べてきたという。電力の節約や国民生活の改善などの効果は収めたとしたうえで、不都合な点もあると認めた。おもなものは次のとおりだ。
「早朝未明、または寒冷時に起床を余儀なくされることに基く生活上の支障」
説明によれば、この不都合は夏時刻の始まる四月に特に目立った。始まりを五月に改めれば、その大部分は著しく和らぐと考えられた。各方面の世論調査でも、大多数が始まりを一か月遅らせることを望んでいた、と政府は述べている。
問題は、制度のねらいの一つだった電力だ。政府は、前年の夏時刻開始の前後各一週間の実績を調べていた。
- 最大電力は一・一%減った
- 電力量はむしろ〇・八%増えた
四月に夏時刻を行ったことで、電力の節約としては「ほとんど見るべき効果は得られなかつた」。政府はこう説明しながら、留保も付けている。前年だけの調査で、電力量はいろいろな事情の影響を受けるので、この結果をただちに「決定的判断の資料」とはできない、と。さらに、四月は雪解けで水力発電が増え、電力の需給が一年で最もゆるむ時期だとも述べた。始まりを五月にしても、電力の節約にはさしたる悪影響はない、という判断だった。政府はこの改正を、国民生活の実情を考えながら、制度の趣旨は十分に生かしていくためのものだと位置づけていた。
参議院の労働委員会は、3月8日に政府から提案理由を聞き、17日に公聴会を開いた。意見を述べたのは、学識経験者や事業主、労働者、農業者、主婦など十一名だ。3月29日の本会議で、労働委員会の報告がその内容を伝えている。
- 現行法どおりに行えば、労働者の睡眠不足や過労などにつながる
- 北海道方面では、未明の寒い時間に起きるため暖房費が増える
こうした実生活の不都合を挙げて、一か月延ばす改正案に賛成する意見が「圧倒的」だった。一方で、農業の方面からは、夜明けとともに起きて農作業をするのだから、むしろ現行法がよい、という意見も出ていた。
委員会は3月27日と28日に審議し、質疑のあと討論を省略して、多数で原案どおり可決すべきものと決めた。こうして夏時刻法の一部を改正する法律(昭和25年法律第39号)が、1950年3月31日に公布され、その日から施行された。条文は短い。
「第一条及び第二条第一項中「四月」を「五月」に改める。」
始まりは一か月遅くなった。それでも、時計を一時間進める制度そのものは残った。始まりをずらしても消えなかった不満が、次の調査の数字に出てくる。
参考:国会会議録検索システム「第7回国会 衆議院労働委員会 昭和25年3月22日」/国会会議録検索システム「第7回国会 参議院本会議 昭和25年3月29日」/衆議院「夏時刻法の一部を改正する法律(昭和25年法律第39号)」
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