一九八九年二月、銀行の窓口が土曜に閉まった

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土曜日が休みになって、締め切りは月曜に延びた 第3章

『土曜日が休みになって、締め切りは月曜に延びた』の目次:土曜日が休みになって、締め切りは月曜に延びた

銀行には、休める日を法律で決められているという事情がある。今の銀行法第15条1項は、銀行の休日は日曜日その他政令で定める日に限る、と書く。同じ条の2項は、営業時間も金融取引の状況などを勘案して内閣府令で定めるとしている。銀行は、開く日も開く時間も法令に枠を置かれている。この形になる前の旧銀行法第18条1項は、休日を祭日、祝日、日曜日と、営業所の所在地で行われる一般の休日に限っていた。土曜日という言葉は、そこにはない。1981年(昭和56年)に今の銀行法ができ、日曜以外の休日は政令で足したり変えたりできるようになる。働く人の週の上限がいくら縮んでも、銀行の土曜を閉めるには、この政令を書き換える必要があった。

地方労働委員会の命令書が認定した経過では、銀行の業界団体である全国銀行協会連合会が1982年4月、試しに月1回の週休二日制を実施する方針を決め、翌年2月にその日を第2土曜日と決めている。民間の金融団体も、関係する政令が改正されたら月1回の週休二日制を実施すると確認した。最初の書き換えは1983年(昭和58年)5月13日の政令第103号だ。銀行法施行令第5条が改められ、同年8月1日から毎月の第2土曜日が銀行の休日に加わった。1986年(昭和61年)3月にも施行令を改める政令が出ていて、国会での政府答弁によれば、同年8月からは第2土曜日に加えて第3土曜日も休業日になった。休める土曜は月に2回になったが、まだ全部ではない。同じ答弁は、1987年11月に労働大臣が全国銀行協会連合会などへ完全週休二日制の実現を求めたことにも触れている。1988年の衆議院大蔵委員会には、「金融機関の週休二日制に関する小委員会」という名前の小委員会まで置かれていた。三度目は1988年(昭和63年)10月21日の政令第303号だった。翌月の国会では法務省の民事局長が、金融機関は「明六十四年の二月一日から」完全週休二日制を実施する、と答えている。昭和64年の2月は来なかった。元号は1月に平成へ変わり、毎週の土曜が銀行の休日になったのは平成元年、1989年の2月からだ。その2月1日は水曜日で、窓口が閉まった最初の土曜は2月4日になる。今の銀行法施行令第5条1項も、国民の祝日に関する法律の休日、12月31日から1月3日までの日と並べて、3号に「土曜日」と一語だけ書いている。

銀行が土曜に開かないことは、窓口の都合だけで終わる話でもない。民法第142条の条文はこうだ。「期間の末日が日曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日その他の休日に当たるときは、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、期間は、その翌日に満了する。」条文が見ているのは曜日の名前ではなく、その日に取引をしない慣習があるかどうかだ。毎週の土曜に銀行の窓口が閉まるようになると、この「慣習」という言葉の読まれ方にも、何かが及んでくるように見える。同じことは、役所の土曜にも起きた。

参考:e-Gov法令検索「銀行法」/e-Gov法令検索「銀行法施行令」/日本法令索引「銀行法施行令」(法令沿革)/中央労働委員会 命令データベース「秋田県地方労働委員会 昭和61年8月26日命令書」/国会会議録 第112回国会 衆議院大蔵委員会(1988年3月1日)/国会会議録 第113回国会 参議院法務委員会(1988年11月22日)/国会会議録 第112回国会 衆議院大蔵委員会金融機関の週休二日制に関する小委員会(1988年6月7日)/e-Gov法令検索「民法」

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