向かいのホームの人

朝の駅。線路をはさんで向かい合う二つのホームと、それぞれに立つ小さな人影。朝の光。

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毎朝七時十二分。わたしは駅の三番ホームの、いちばん前に立つ。向かいの四番ホームにも、同じ時刻に同じ場所に立つ人がいて、紺色のコートを着た背の高い男の人が、いつも青いキャップのペットボトルのお茶を持っている。電車が来る前になると、その人はお茶を少し持ち上げて、わたしのほうへ小さくかかげる。わたしもバッグから同じ形のお茶を出して、かかげ返す。それが、わたしたちの挨拶だった。

*

はじめは偶然だったと思う。二月の初め、同じ銘柄のお茶を持っているのに気づいて、わたしが先に少し持ち上げてみた。男の人は驚いたように目を丸くして、それからにっこり笑って、かかげ返してくれた。それから毎朝、名前も声も知らないまま、ホームを挟んでお茶を持ち上げる。それだけなのに、月曜の朝が少しだけこわくなくなった。

春になって、桜の花びらがホームの屋根にはらはらと降ってきた朝、わたしは初めて手を振ってみた。男の人も片手を上げてくれたところへ、電車がやって来て視界をさえぎり、次に見えたときには、もうその姿はなかった。

*

四月の最初の月曜日、向かいのホームに紺色のコートはいなかった。火曜日も水曜日も。わたしはお茶をかかげる先を失って、毎朝四番ホームを見つめては、うつむいて電車に乗った。一週間たつと、あれは気のせいだったのだと思いこむことにした。

二週間目の月曜日、七時十二分。わたしは習慣で三番ホームのいちばん前に立って、電車が来るまでの五分間、ぼんやり線路を見ていた。

「あの」

すぐ横から声がした。振り向くと、紺色のコートがそこにいて、同じ青いキャップのペットボトルを手にしている。

「四月から異動で、こっちのホームになりました」男の人は少し照れた顔で言った。「ずっと向かいから見ていたので、同じ側に来ると、どう声をかければいいのか分からなくて」

わたしはバッグからお茶を取り出し、今度はホームを挟まずにかかげた。男の人もかかげ返して、二つのペットボトルがこつんと小さくぶつかった。

「はじめまして」

やっと言えた、という顔で、男の人が笑った。電車が風といっしょにホームへ滑りこんでくる。ドアが開き、わたしたちは並んで同じ車両に乗った。名前を聞くのは、次の駅でいいと思った。

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