返却ボックスの栞

夜の図書館の返却ボックスと、すぐそばの一冊の本。本から細い白い和紙の栞がのぞく。

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杏子が勤める町の図書館には、夜間用の返却ボックスがある。閉館後に戻された本は、翌朝、杏子が一冊ずつ書架へ戻す。秋の初めから、そのボックスに不思議な本が混じるようになった。借りた記録のない本が戻されてくるのだ。しかも、どの本にも同じ種類の栞が一枚だけ挟まっている。

白い和紙を細長く切っただけの栞で、表には何も書かれていない。裏返すと、万年筆の細い字で短い言葉が並んでいた。

つぎは、この本を。 棚番 913.6 の、右から三冊目。

杏子は栞に書かれた場所へ行ってみた。そこには短編集が一冊あって、ほこりをかぶっていて、貸出の履歴を見ると、五年間誰にも借りられていなかった。

*

返却ボックスの本には、かならず次の一冊への案内がある。杏子は案内を順にたどることにした。栞は一枚ごとに別の棚へと続いていって、小説から詩集へ、詩集から山の写真集へ、写真集から古い地図帳へと杏子を連れていく。六冊目の栞だけは、少し違っていた。

いつもありがとう。あなたがこの栞を追ってくれていることを、知っています。最後の本は、館長室のいちばん下の引き出しに。

杏子は息を止めた。館長室は、先月館長が亡くなってから、ずっと使われていない。館長は七十八歳で、この図書館に五十年勤めた人だった。書類の山の中にその引き出しはあって、鍵はかかっておらず、中には一冊のノートと、栞用の和紙の束が入っていた。

*

ノートを開くと、館長の字で日付と本のタイトルがずらりと並んでいた。五年以上前から続いている記録だった。

借りられない本に、次の読者を見つける。それが、わたしの最後の仕事です。

館長は、貸出されない本をひとりで「推薦」していたのだ。誰にも知られないように夜の返却ボックスから本を戻し、栞を挟んで、それが誰かの次の一冊につながるように。ただ、疑問がひとつ残った。館長が亡くなってからも、栞の本は返却ボックスに戻ってきている。誰が続けているのか。ノートの最後のページに、その答えがあった。

わたしがいなくなっても、続けてくれる人がきっといるはずです。もしあなたがその人なら、この和紙を使ってください。 館長

杏子はノートを閉じて、和紙の束を手に取った。窓の外では、秋の風が並木の葉をさらさらと揺らしている。

その夜、閉館後の図書館で、杏子は万年筆を握った。まだ誰にも借りられていない古い詩集を一冊、ボックスから返却して、栞に細い字でこう書いた。

つぎは、この本を。

蓋をそっと閉めると、ボックスの中で、本が小さく音を立てた。

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