麦茶の水位

昼下がりの台所。開いた冷蔵庫の中段に、麦茶のガラスポットが半分ほどの水位で置かれている。流しの水切りかごに湯呑みが一つ伏せてあり、窓の外は雨の前の薄暗い空。人物は描かない。冷蔵庫横のカレンダーなどに文字は描かない(無地)。

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土曜の十三時すぎに姉と帰ると、玄関の鍵が開いていた。朝は姉が二回引いて確かめたから、閉め忘れではない。父と母は七時半の電車で、二泊三日の旅行へ出かけた。月曜の夜まで、家には僕と姉しかいないはずだった。

「入らないで」

姉は僕の腕をつかんで止め、玄関の三和土を見まわした。知らない靴はない。ただ、壁のフックに掛けてあるはずの長い靴ベラが、靴箱の前の床に立てかけてあった。去年の正月に、父が祖父のために買った柄の長いものだ。祖父は定年まで駅前のクリーニング店で働いていて、いまも腰を曲げるのがつらいらしい。

「その靴ベラ、誰か使ったんだ」

「たぶんね。うちで使う人はいないから」

姉は靴下のまま廊下へ上がって、床に目を落とした。朝、父が掃除機をかけた板の間には、砂も泥も落ちていない。外靴のまま入った人はいないということだ。僕は姉のうしろについて、居間まで歩いた。

居間のテレビもゲーム機も、貯金箱の豚も、朝のままの場所にあった。ベランダの戸は閉まっていて、僕が干したはずの洗濯物が竿から消えている。ソファの上には、タオルが四枚積んである。角がぴったり合った四つ折りで、母ならいつも三つ折りにする。空は暗くなりはじめていて、天気予報は午後から雨だった。

「雨の前に、取り込んでくれたんだ」

「そうみたい」

姉はタオルの山を指で押して、崩れないのを確かめてから台所へ入った。僕は冷蔵庫を開けた。朝に口まで満たしておいた麦茶のポットが、指三本ぶん下がっている。流しの水切りかごには、湯呑みが一つだけ伏せてあった。うちの家族はみんなグラスで飲むから、湯呑みの出番はふだんない。冷蔵庫の横のカレンダーには、父の字で「土 ばあちゃん バスツアー」と書いてあった。

「麦茶、減ってる。お母さんに怒られるかな」

「泥棒は、洗濯物をたたんで湯呑みを洗って、伏せたりしない」

姉は湯呑みを持ち上げて、底を見た。

「鍵を持ってる。雨の前に洗濯物を入れて、湯呑みでお茶を飲む。おばあちゃんだよ。母さんが、様子を見てもらうって言ってたでしょ」

「お姉ちゃん」

「なに」

「来たのはじいちゃんだよ。靴ベラも、タオルのたたみ方も。ばあちゃんは今日、バスツアー」

姉はカレンダーを見て、湯呑みを水切りかごへ戻した。

「……先に言ってよ」

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