お正月の本 第4章
第3章では大みそかの年越しそばを見ました。年が明けると、次は初詣です。この章では、初詣はいつまでに行けばよいのかを、手元で確かめられる資料からたどります。
初詣は、その年に初めて神社やお寺へお参りする正月の行事です。東京の神社をまとめる団体の案内は、初詣はまず地域の氏神さまからお参りし、新年のあいさつをして一年の無事と平安を祈るものだと説明しています。
同じ案内によると、初詣のもとは、大晦日の夜から元旦の朝にかけて氏神の社にこもって祈る「年籠り」だといわれています。年籠りがやがて除夜詣と元旦詣に分かれ、今の初詣の形になったそうです。
国際交流基金の日本語教育向けの資料は、大晦日の夜から元旦、そして3日にかけて、多くの人が神社やお寺にお参りに行くと紹介しています。
では、いつまでに行けばよいのでしょうか。今回確かめた資料には、全国共通の期限を定めた記述はありませんでした。3日までに多くの人がお参りする様子は紹介されていますが、それより後のお参りを否定するものではありません。
初詣の日取りの考え方は、時代によっても変わってきました。国立国会図書館の展示「本の万華鏡」によると、江戸時代後期の正月のお参りは、初縁日や氏神、恵方などによって日取りやお参りする寺社が決まっていました。市街地から歩いて行ける寺社へのお参りが中心だったそうです。
鉄道が開業すると、遠くの寺社へも出かけやすくなりました。同じ展示は、明治5年に新橋と横浜の間に鉄道が開業したあと、東京近郊のある寺に鉄道で参詣客が集まるようになった例を挙げています。やがて1880年代の半ばごろには、縁日や恵方とは関係なく元日にお参りする形が根づき、それが「初詣」と呼ばれるようになったそうです。
初詣の期限としてよく話題になるのが松の内です。第1章でも触れたとおり、国立国会図書館のレファレンス協同データベースにある江戸東京博物館の回答は、門松を立てている期間を「松の内」などと呼ぶと説明しています。
門松を外す日は所によって違い、早いところで1月4日、ほかに1月7日や15日が多いようだ、というのが同じ回答の説明です。江戸・東京では、昔は15日に納めていた、今は7日(または6日)が普通だと記した本が多いとも紹介されています。
先の神社の団体の案内も、正月飾りを外す日を1月7日に定めている地方が多く、元日から7日までを「松の内」と呼ぶとしています。ただし、今回確かめた資料の中に、松の内の終わりを初詣の期限と定めたものは見当たりませんでした。
いつ行くかに迷ったら、近くの神社の案内や、住んでいる地域で伝わる正月の区切りを確かめるのが確実です。次の章では、松の内はいつまでかを整理します。
参考:国立国会図書館「本の万華鏡 第32回 鉄道が変えたコト・モノ 第4章 旅行・観光」/国立国会図書館 レファレンス協同データベース「門松はいつ片づけるか。」(江戸東京博物館)/東京都神社庁「家庭のまつり(1)」/東京都神社庁「四季の祭りと行事(1)」/国際交流基金『日本語教育通信』「写真で見る日本人の生活 正月」
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