乾杯の一番上

夜の座敷。長机の奥の上座に二枚重ねの座布団が一つ、両側に座布団が並ぶ。畳の隅に積まれた座布団、湯のみとおしぼり。障子のやわらかな灯り。人物は描かない。文字は描かない(席札・メニューも無地)。

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送別会は十九時からで、会場は駅裏の座敷を借りた。参加は十一人だ。長机の奥に一席を置き、両側に五席ずつ並べた。奥の上座に課長、その右隣に今日の主役の相沢さん、あとは年次順に配った。幹事の私は入口に一番近い下座だ。座布団は席数に予備を五枚足して、隅に積んである。席順表は三日前に全員へ送ってある。

壁の時計が十九時十分を指しても、上座の座布団は空いたままだった。課長は来ている。それなのに、右隣の相沢さんの席に腰を下ろしていた。相沢さんの姿はまだない。席を替えましょうかと言うと、課長は「ここでいい」と答えて湯のみを取った。部下たちは割り箸を割らずに待っている。腹の鳴る音が、どこかで一度した。私は乾杯を待たせたまま、座敷を見回すことにした。

手がかりは三つあった。一つ目は座布団だ。上座の一枚だけが、二枚重ねになっていた。座れば腰が一段高くなる。隅に積んだ予備の五枚は、昼に私が数えたときより一枚減っている。乾杯の前に席を立って隅へ行ったのは、課長だけだった。

二つ目は席札だ。上座に置いたはずの課長の名札が、伏せられていた。触れるのは配った私と、課長本人だけだ。

三つ目は入口の土間の靴だった。十足が壁際に並び、課長の黒い革靴は一番奥の端にある。靴は上がり口に近い側から詰めて脱ぐのが、座敷の習いだ。それなのに、上がり口のすぐ前だけ、一足ぶんの空きが残されていた。

並べると答えが出た。二枚重ねは、客のために高くした席だ。課長は自分の札を伏せて、上座を自分のものにしていない。靴の空きは、あとから来る人が一番楽に脱げる場所だ。課長は上座を、まだ来ていない相沢さんに空けている。

私は課長の隣へ行った。

「上座は相沢さんのために空けているんですね」

「主役が脇の席では締まらないからね」

課長は湯のみを置いた。そこで襖が開いた。

「あれ、もう始まっていましたか。十九時半と伺っていたのですが」

相沢さんが紙袋を提げて立っていた。私は自分のスマホで、送信済みの一覧を開いた。相沢さん宛ての一通だけが、開始を十九時半と書いている。ほかの十人には十九時だ。

「課長はご存じだったんですか」

「昼に彼女から聞いた。幹事が自分で気づくと思ってね」

課長は二枚重ねの座布団を、相沢さんのほうへ押し出した。乾杯の音頭は課長が取った。上座に座った相沢さんが、一番居心地が悪そうだった。

席札は一枚も間違えなかった。間違えたのは、相沢さんに送った時刻の一通だけだ。

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