雪の朝の足あと

雪の積もった朝の庭。玄関から門まで続く小さな足あとが一組だけ。

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雪は、夜のうちに降りやんでいた。朝、カーテンを開けた私は息をのんだ。庭一面にまっさらな新雪が積もっていて、その真ん中を、一組の足あとが、玄関から門までまっすぐ続いていたのだ。小さな足あとだった。子どもの靴の大きさだが、私の家に子どもはいない。七十歳の、一人暮らしの私だけだ。

*

門の外に足あとは続いていなかった。雪は道路にはほとんど積もっておらず、門を出たところで足あとは途切れている。玄関から門へ、出ていった足あとはある。入ってきた足あとは、どこにもない。つまり、誰かが夜のうちに私の家の中から外へ出ていったことになる。

私は首をかしげた。夜、眠る前に玄関の鍵は確かに閉め、窓もすべて確かめたのだから、家の中に他人がいたとは思えない。足あとの始まりをよく見ると、玄関のポーチの、ちょうどドアの下のあたりで、まるでドアのすき間からすうっと出てきたように、足あとは始まっていた。ふと思い当たって、玄関ドアのすぐ内側を見ると、古い玄関マットの上に、見慣れない濡れた靴跡がひとつ残っていた。

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私はしゃがみこんで、その靴跡をじっと見つめた。ゴム長靴の跡だった。かかとのすり減り方に見覚えがある。去年亡くなった孫の陽翔の、長靴にそっくりだったのだ。

陽翔は六歳で、病気で亡くなった。雪が大好きな子で、雪が降ると赤い長靴をはいて庭に飛び出していき、「じいじ、足あとつけるよ」と笑っていた。私は足あとをゆっくりとたどった。玄関から門まで、一歩ずつ同じ歩幅で、きれいに並んでいる。門のところで、足あとはぴたりと止まっていた。そこで足あとの主が振り返って、手を振ったような気配がした。私は門の前に立ったまま、しばらく動けなかった。涙がぽろぽろと雪の上に落ちた。

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足あとの説明はつかない。猫でも鳥でもないし、近所の子どもがいたずらをしたのかもしれず、誰かがブーツで歩いたのかもしれない。けれど私は確かに感じていた。陽翔が今朝、雪を見て、私に会いに来てくれたのだと。

その日の午後、雪は少しずつとけ始めて、足あとは、日の光の中でゆっくりと輪郭を失っていった。夕方には、庭の足あとはすべて消えていた。それでも私は、毎年雪が降るたびに、朝カーテンを開けて庭を見る。来年も再来年も、赤い長靴の足あとを探すだろう。見つからなくてもかまわない。探すことそのものが、孫との約束になったのだから。

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