国道に五十九号から百号はない 第2章
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昭和27年6月10日、道路法が公布された。法律第180号だ。第4条は道路の種類を四つ挙げている。一級国道、二級国道、都道府県道、市町村道。今の道路法第3条には一級と二級の区別はなく、高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村道が並んでいる。
この法案は、同じ年の4月に衆議院建設委員会で提案の理由が説明された。提案者の委員は、大正8年に制定された道路法が約三十年、ほとんど改正されずに続いてきたと述べ、全面的な改正が必要だとした。改正点の第一に挙げたのは、国の幹線道路網のうち最も重要な部分を「一級国道または二級国道として」、国が整備を進めることだった。一級国道と二級国道を国の営造物とし、その管理者を都道府県知事とする点も挙げられた。6月2日の参議院本会議では、建設委員会の審議が報告された。改正の主な点の第一は、国道を「一級国道及び二級国道に区分し」、国が積極的に整備を進めることとされ、委員会では全会一致で可決すべきものと決まっていた。
二つの等級の違いは、第5条と第6条にある。一級国道は「国土を縦断し、横断し、又は循環して全国的な幹線道路網の枢要部分を構成し」、都道府県庁所在地などの特に重要な都市を結ぶ道路。二級国道は「一級国道とあわせて全国的な幹線道路網を構成し」、重要都市どうしや、重要都市と一級国道を結ぶ道路などとされた。附則によれば、第5条から第10条までは公布の日から施行されている。
一級国道の路線は、昭和27年12月4日の政令第477号「一級国道の路線を指定する政令」で決まった。日本法令索引に記録があり、国立公文書館には御署名原本が残る。二級国道は、昭和28年5月18日の政令第96号「二級国道の路線を指定する政令」だ。
二級の政令案は、国立公文書館が所蔵する同年5月の次官会議資料に綴じられている。本則は「二級国道の路線名、起点、終点及び重要な経過地は、別表の通りとする。」の一文で、理由は「道路法第六条の規定により、二級国道の路線を指定する必要がある。」とだけ書かれている。添えられた延長調では、新しい国道は一級が40路線、二級が144路線だった。
番号はどう付いたか。北海道開発局稚内開発建設部の説明では、昭和27年に一級国道として1から40、28年に二級国道として101から244の番号が付けられた。101から244までは、ちょうど144になる。国土交通省の「道の相談室」も、一級には1桁もしくは2桁、二級には3桁の番号が付けられていた、と書いている。旧道路法の国道は、東京を中心に神宮や府県庁所在地などを結ぶものだった。新しい法律のもとでは、番号は等級ごとに別の桁で付けられた。
一級は四十号で止まり、二級は百一号から始まった。昭和28年の時点で、四十一号から百号までの六十の番号は、どの路線にも付いていなかった。ところが第1章で読んだ今の別表では、二桁の番号は五十八号まで並んでいる。四十号の先の番号は、あとから付いたことになる。
参考:衆議院「制定法律 法律第百八十号(昭二七・六・一〇)道路法」/国会会議録 第13回国会 衆議院建設委員会(1952年4月17日)/国会会議録 第13回国会 参議院本会議(1952年6月2日)/日本法令索引「一級国道の路線を指定する政令」/日本法令索引「二級国道の路線を指定する政令」/国立公文書館デジタルアーカイブ「一級国道の路線を指定する政令・御署名原本」/アジア歴史資料センター「2級国道の路線を指定する政令(建設省)」/北海道開発局稚内開発建設部「国道の番号にぬけている番号があるのは なぜですか?」/国土交通省 道の相談室「道路についての定義・用語」
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