国道に五十九号から百号はない 第4章
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昭和39年5月22日、衆議院建設委員会で建設大臣が道路法の一部を改正する法律案の提案理由を説明した。要旨の第一は「従来の一級国道及び二級国道の区別を廃止して、新たに一般国道の制度を設けることといたしました」。理由には、長距離輸送の急増と、全国的な幹線道路を急いで整備する必要を挙げた。一般国道の管理と費用負担は「現在の一級国道のとおり」とし、二級国道だった道は当分の間、都道府県知事も新設や改築ができる措置を置いた。
6月10日の同じ委員会では、一般国道の指定基準が二級国道の基準と同じで、整備の水準が下がらないかと委員が尋ねた。道路局長は、二級国道を「大部分は国の幹線として重要なものである」と判断し、その辺りを底辺に基準を考えたと答えている。6月16日の連合審査会では、第十二条の政令について「一般国道一本にいたしますと、そこになお二つの分類が残るということは適切ではないと思います」とも述べた。
建設委員会では、衆議院でも参議院でも全会一致で可決すべきものと決まった。e-Govに載る道路法の附則によれば、改正法は昭和39年7月9日の法律第百六十三号。附則第一項は施行を「昭和四十年四月一日」とし、一部の規定だけを公布の日からとした。第二項は、施行の際にある一級国道と二級国道が、改正後の道路法の「一般国道となる」と定めている。
施行までのあいだ、道路局長は12月の参議院建設委員会で、一級と二級の合併が「第一段階」だと説明し、新たな昇格は考えていないとした。翌年2月に示した昭和40年度の国道の事業費は二千百八十一億円で、その内訳はまだ「元一級、元二級」に分けて答えている。3月26日の衆議院建設委員会では、二級国道から一般国道になる道について、費用の負担は変わらず、当分は従来どおり知事に管理を任せると説明した。
昭和40年3月29日、一般国道の路線を指定する政令が公布された。本則は道路法第五条第一項に基づくと書き、路線名や起点などを「別表のとおりとする」。附則は施行を4月1日とし、一級国道の政令と二級国道の政令を廃止した。国立公文書館に残る御署名原本の別表は、路線名、起点、終点、重要な経過地の欄が並ぶ。一号は東京都中央区から大阪市まで。五十七号の大分市から長崎市の次の行は、百一号の青森市から能代市だ。昭和28年の二級国道の政令でも、一〇一は青森市から能代市、一〇四は八戸市から大館市で、新しい表の百四号も八戸市から大館市になっている。表の最後は二百七十一号の小田原市から厚木市だ。
等級の区別は法律から消え、番号は一つの別表に並んだ。ここに挙げた会議録には、番号を付け直すかどうかに触れた答弁はない。一般国道の番号は、一級の二桁と二級の三桁をつないだ形で始まった。
参考:国会会議録 第46回国会 衆議院建設委員会(1964年5月22日)/国会会議録 第46回国会 衆議院建設委員会(1964年6月10日)/国会会議録 第46回国会 衆議院建設委員会地方行政委員会連合審査会(1964年6月16日)/国会会議録 第46回国会 衆議院本会議(1964年6月19日)/国会会議録 第46回国会 参議院本会議(1964年6月26日)/国会会議録 第47回国会 参議院建設委員会(1964年12月17日)/国会会議録 第48回国会 衆議院建設委員会(1965年2月17日)/国会会議録 第48回国会 衆議院建設委員会(1965年3月26日)/e-Gov法令検索「道路法」/日本法令索引「一般国道の路線を指定する政令」(昭和40年政令第58号)/国立公文書館デジタルアーカイブ「一般国道の路線を指定する政令・御署名原本・昭和四十年・政令第五十八号」/国立公文書館デジタルアーカイブ「二級国道の路線を指定する政令・御署名原本・昭和二十八年・政令第九六号」