国道に五十九号から百号はない 第6章
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2026年10月9日時点のe-Govに載る一般国道の政令では、別表の最後は五百七号で、並ぶ路線は四百五十九本。一号から五百七号までのうち、表にない番号は四十八ある。五十九号から百号の四十二を除くと、残りは百九号から百十一号と、二百十四号から二百十六号の六つだけだ。
この二か所は、昭和40年に施行された一般国道の最初の政令ですでに空いていた。国立公文書館の御署名原本では、別表は百八号の次が百十二号で、二百十三号の次が二百十七号になっている。
二級国道だったころの表には、どちらの番号にも行があった。昭和35年の政令第167号で書き直された二級の別表では、百九号が横手市から古川市、百十号が仙台市から山形市、百十一号が八戸市から仙台市。九州では、二百十四号が島原市から諫早市、二百十五号が島原市から宇土市、二百十六号が熊本市から大分市だった。
削ったのは、昭和37年5月1日公布の政令第184号だ。第一条で一級国道の表に四十四号から五十七号を加え、第二条で二級国道の表を改めた。原本の第二条には「別表一〇九から一一一までの項を削り」と「別表二一四から二一六までの項を削り」の両方が書かれている。附則で、施行は昭和38年4月1日とされた。
削られた行の起点と終点を、同じ政令で加わった一級の行と比べると、そろうのは百十号だけだ。四十八号は仙台市から山形市で、経過地の東根市と天童市も百十号と同じ。百九号の横手市と古川市は、同じ第二条で「石巻市から横手市」に書き直された百八号の終点と経過地に並ぶ。
百十一号の八戸市と仙台市は、仙台市から青森市への四十五号の起点と経過地に入っている。百十一号の経過地だった久慈市・宮古市・釜石市・大船渡市・陸前高田市・気仙沼市・石巻市は、四十五号の経過地にもすべて並ぶ。九州の三本の地名は、大分市から長崎市への五十七号の行にも出てくる。二百十六号の経過地だった阿蘇町・竹田市・犬飼町は五十七号の経過地にもあり、二百十四号と二百十五号の起点と終点である島原市・諫早市・宇土市も五十七号の経過地だ。ただ、起点と終点が一級の一つの行と一致するわけではない。
どの場合も、削った番号に別の路線を入れて詰めることはしていない。番号をそのままにした理由は、ここで引いた政令の文言には書かれていない。
五十九号から百号は、一級の二桁と二級の三桁という二つの列のあいだにできた空きだ。百九号から百十一号と二百十四号から二百十六号は、二級の列の中で、一級に路線が加わったときに項が削られた跡にあたる。等級がなくなったあとも、一般国道の表は二つの列の番号をそのまま使っている。国道の欠番は、制度が変わるたびに付いた番号と消えた番号の記録として、今の別表に残っている。
参考:国立公文書館デジタルアーカイブ「二級国道の路線を指定する政令の一部を改正する政令・御署名原本・昭和三十五年・第七巻・政令第一六七号」/国立公文書館デジタルアーカイブ「一級国道の路線を指定する政令等の一部を改正する政令・御署名原本・昭和三十七年・政令第一八四号」/国立公文書館デジタルアーカイブ「一般国道の路線を指定する政令・御署名原本・昭和四十年・政令第五十八号」/日本法令索引「二級国道の路線を指定する政令」(昭和28年政令第96号)/日本法令索引「一級国道の路線を指定する政令等の一部を改正する政令」(昭和37年政令第184号)/e-Gov法令検索「一般国道の路線を指定する政令」