古本屋の戸を開けると、まず匂いが迎えてくれる。少し甘くて乾いた、木と土の中間のような匂い。本を一冊も開かないうちから、わたしの気持ちはもう落ち着いている。あの匂いは、いったい何でできているのだろう。
匂いの正体は、本の年齢
古い本の匂いについては、海外の研究者が、紙から出る成分を調べたことが知られている。紙に含まれる木の成分や繊維が、長い時間をかけてゆっくり分解されて、空気中に溶け出す。その成分の組み合わせが、あの独特の匂いになるという。
つまり、古本の匂いは、本が過ごしてきた年月そのものだ。新しい本のインクの匂いが「始まりの匂い」なら、古本の匂いは「積み重ねの匂い」と言えるかもしれない。同じ古本でも、保管された場所や紙の質で匂いは違い、日に焼けた文庫は乾いた匂いがして、湿った蔵にあった本は土の匂いがする。
匂いで一冊を選んでみる
わたしには、ひそかな遊びがある。目をつぶって棚の前を歩き、いちばん好きな匂いのところで立ち止まって、そこから一冊だけ抜き取る。中身は見ずに、値段だけ確かめて買うのだ。当たりはずれはもちろんあるけれど、当たったときの喜びは格別で、誰かが引いた鉛筆の線や、栞の代わりに挟まれた映画の半券が、見知らぬ人との静かな会話になる。
先月はこの遊びで、古い旅の随筆集に出会った。ページの間から、赤く色づいた銀杏の葉が一枚ひらりと落ちて、誰がいつ挟んだのかは分からないけれど、その本は特別な一冊になった。
匂いのない読書と匂いのある読書
電子書籍に、この匂いはない。便利さには勝てないと思う一方で、匂いのない読書は記憶に残りにくい気もする。匂いは記憶を呼び出す鍵になるから、あの本をどこで読んだのかを思い出す手がかりが、ひとつ減ってしまうのだ。
どちらが良いという話ではない。電車の中では電子書籍、休日の夜には古本と使い分けるのが、いまのわたしの落ち着き先だ。
今度の休みに
まだ行ったことのない古本屋へ、今度の休みに行ってみようと思う。まずは入口で、ゆっくり深呼吸をするところから。あなたの街の古本屋は、どんな匂いがするだろうか。
