丘の下の小さな町に、雨の日だけ開くパン屋さんがありました。看板はありません。それでも、焼きたてのいい匂いがするので、町の人はみんな、そこがパン屋だと知っていました。パン屋のおじさんは、いつも言います。
「晴れの日は、みんな元気だからね。雨の日は、ちょっとしょんぼりしている人のために焼くんだよ」
かさの先からぽたぽた
ある雨の朝、女の子が一人でお店のドアを開けました。かさの先から、雨のしずくがぽたぽた落ちて、くつもぐしょぐしょです。
「いらっしゃい。どうしたの、そんなに肩を落として」
「あのね、お友だちとけんかしちゃったの。ごめんねって、言えなかったの」
おじさんは、うんうんとうなずくと、棚の奥から丸くて少し大きなパンをひとつ取り出しました。
「これはね、半分こしたくなるパンだよ。持っていってごらん」
「お金、これだけしかないの」
女の子はがま口から、どんぐりを三つ出しました。おじさんはにっこり笑って、一つだけ受け取りました。
「十分だよ。残りは、あした友だちと分けっこしなさい」
ふわっと甘い湯気
お店を出た女の子が、パンをぱかっと割ってみると、中から甘い湯気がふわっと立ちのぼりました。ひと口かじると、胸のあたりがぽかぽかしてきます。
「あれ。わたし、ごめんねって言いたくなってきた」
女の子はパンの半分を大事に抱えて、雨の中を走りました。水たまりがぱしゃぱしゃと跳ねて、お友だちの家の前に着いたときには、息がはあはあしています。それでも、パンを差し出して言いました。
「あの、きのうはごめんね」
お友だちは、恥ずかしそうに笑いました。
「わたしもごめん。いっしょに食べよう」
二人は甘い湯気をふうふう吹きながら、並んで食べました。
雨があがったら
やがて雲が切れて、空に虹が出ました。丘の下のパン屋さんは、もうシャッターを下ろしています。おじさんは粉の袋をひざにのせて、窓の外を見ながら言いました。
「次に雨が降る日まで、また、しょんぼりしただれかのことを考えながら、パンをこねるとしよう」
そうして、次の雨の日を、のんびり待っているのです。
おしまい
