日本は一度、夏時間をやめている 第6章
『日本は一度、夏時間をやめている』の目次:日本は一度、夏時間をやめている
夏時刻法をやめる法律案は、政府ではなく議員が出した。1952年(昭和27年)3月28日の衆議院労働委員会には、夏時刻法を廃止する法律案が三つかかっていた。
提出した議員たちは、理由をそれぞれ説明している。日本の実情に合わず、労働者や農民、家庭の主婦などの過労の原因になる。労働が強化される。提出者の一人は、関西地方では時差がかなりあるので、夏時刻による労働の強化は関西で特にひどい、とも述べた。
委員会は質疑と討論を省き、二つの案を併合して一つにまとめた。この議決は起立多数で、もう一つの案は議決を要しないものとなった。同じ日の本会議で、労働委員長は廃止の理由をこう報告した。
「労働者、農民及び家庭の主婦等の過労の原因となり、かえつて能率を低下させるおそれもありますので廃止する必要があると認められ」
本会議では、委員会の進め方を問う質疑が一つあった。そのあと議長が異議の有無を問い、衆議院は委員長報告のとおり議決した。参議院での説明によれば、議員が廃止法案を出したのは3月26日。委員会での審査から本会議での議決まで、28日の一日で済んでいる。
法律案は参議院に移った。4月1日の参議院労働委員会で、衆議院の提出者が趣旨を説明している。夏時刻法のねらいは国民保健の増進と重要資源の節約だった。始まりを五月に遅らせる改正もしたが、その後の経験でも過労の原因になり、能率を下げるおそれがある。衆議院では「法案の内容自体については殆んど論議もなく」議決した、とも述べた。
参議院の委員長は、この委員会でも早くから廃止を考えて準備していたと述べた。法案も非常に簡単なので、質疑と討論を省いてすぐ採決したい、と諮った。異議はなく、挙手の採決は全会一致だった。
4月4日の参議院本会議で、労働委員長は四か年の実績を振り返り、制定当時の目的を達成するよりも、過労と能率低下のおそれが目立ったと報告した。そして、こうまとめている。
「国民生活の実情に副わない不便な点の多いことが明らかになつて参りました」
採決では総員が起立し、参議院でも全会一致で可決された。
1952年4月11日、夏時刻法を廃止する法律(昭和27年法律第84号)が公布され、その日から施行された。
「夏時刻法(昭和二十三年法律第二十九号)は、廃止する。」
始まったときの国会の報告では、この法律の利点は、日光を使い、資源を節約し、能率を上げることだった。終わるときの理由は、過労の原因になり、能率をかえって下げるおそれだった。同じ「能率」という言葉が、始まりと終わりの両方に出てくる。
日本は一度、夏時間をやめている。四年の実施のあと、なぜやめるのかを国会の記録に残してやめた。この夏から時計は、一年中、中央標準時に戻った。日本の標準時は、この前にも形を変えている(かつて西部標準時もあった)。
参考:国会会議録検索システム「第13回国会 衆議院労働委員会 昭和27年3月28日」/国会会議録検索システム「第13回国会 衆議院本会議 昭和27年3月28日」/国会会議録検索システム「第13回国会 参議院労働委員会 昭和27年4月1日」/国会会議録検索システム「第13回国会 参議院本会議 昭和27年4月4日」/衆議院「夏時刻法を廃止する法律(昭和27年法律第84号)」