学校の土曜休みは二〇〇二年、それでも土曜授業はある

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土曜日が休みになって、締め切りは月曜に延びた 第5章

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学校の土曜が初めて休みになったのは1992年9月で、毎月の第2土曜だけだった。その年の9月なら12日にあたる。1992年3月の参議院予算委員会で、文部大臣は「この九月から第二土曜日を休日といたします」と答えている。同じ月の参議院内閣委員会では文部省の担当課長が、9月から毎月1回の第2土曜を休業土曜日として段階的に進めると説明し、先生たちもその日は勤務を要しない日にしたいと述べている。役所の全土曜が休みになったのは同じ年の5月だから、学校はそこから4か月遅れて、まず月に1回だけ閉まった。文部科学省がまとめた「学校週5日制の実施の経緯」では、次の段階が1995年4月の月2回で、最初の休業日は第4土曜とある。この月の第4土曜は22日だった。毎週の土曜が休みになる完全実施は、2002年4月まで待つことになる。その月の最初の土曜は、6日だった。

同じ資料をさかのぼると、学校の土曜は長いあいだ議論されていた。最初に出てくるのは1972年の人事院報告で、公務員の週休二日制に触れたものだ。翌1973年11月の教育課程審議会への諮問には、週休二日制との関連にも留意するという注記がついている。1986年4月に臨時教育審議会の第2次答申が学校週5日制への移行の検討を提言し、その年の12月には教育課程審議会の答申が「漸次的な導入の方向での検討」を提言した。1988年の閣議決定の経済計画は早期実現を掲げ、1992年6月の計画では段階的な拡大を図るとされた。完全実施に向けては、1996年8月に教育課程審議会へ諮問があり、1998年7月の答申を受けて、その年の12月に小学校と中学校の学習指導要領が告示されている。表には、教員の勤務の欄も並んでいる。1981年3月に4週5休、1988年3月に4週6休、1992年5月に完全週休2日と進み、どれも「まとめ取り方式」と添えてある。2002年4月の欄にあるのは「まとめ取り方式の解消」で、子どもの完全学校週5日制と同じ月だった。

いまの学校教育法施行規則第61条は、公立小学校の休業日を三つ挙げている。祝日、「日曜日及び土曜日」、それに学校教育法施行令の規定で教育委員会が定める日だ。ただし書きは、三つ目を除いて「当該学校を設置する地方公共団体の教育委員会(公立大学法人の設置する小学校にあつては、当該公立大学法人の理事長。第三号において同じ。)が必要と認める場合は、この限りでない。」と続く。この形になったのは2013年11月29日の改正で、それまでのただし書きは「特別の必要がある場合」だった。文部科学省の説明資料は、設置者の判断で土曜授業を行えることを「より明確化」するための改正だとしている。中学校には第79条で、高等学校には第104条でこの規定が準用される。土曜の授業は、休みの日の例外として条文の中に残った。そのあとも長く土曜に動いていたのが、家に届く手紙だった。

参考:学校週5日制の実施の経緯(PDF)|文部科学省/土曜授業の実施に係る学校教育法施行規則の一部改正について(PDF)|文部科学省/学校教育法施行規則|e-Gov法令検索/第123回国会 参議院予算委員会 1992年3月31日|国会会議録検索システム/第123回国会 参議院内閣委員会 1992年3月27日|国会会議録検索システム

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