祖母が亡くなって、四十九日が過ぎた。台所の戸棚を整理していた美咲は、棚の奥から擦り切れた一冊のノートを見つけた。表紙には「おかず」とだけ書いてある。祖母の字だ。めくると、黄ばんだ紙の上に、鉛筆で料理の名前が並んでいた。「肉じゃが」「煮豆」「ぬか漬け」「たけのこご飯」。レシピノートのはずだったのに、どのページにも分量や手順はほとんどなく、あるのは短い一言だけだった。
肉じゃが いも、ほくほく。じゅうぶん、あまく。
美咲はため息をついた。祖母の味をもう一度食べたかったのに、このノートではとても作れそうにない。
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それでも、美咲はノートを手放せなかった。週末になると台所に立って、「いも、ほくほく。じゅうぶん、あまく」を頼りに肉じゃがを作ってみる。出来上がった肉じゃがは、しょっぱかった。次の週は甘すぎて、どちらも祖母の味とはほど遠かった。
三週目、ふとノートの余白に、細かい文字があるのに気づいた。ページの端、折り目のそばに、日付と数字がうっすらと鉛筆で書かれている。
三月十二日 美咲 はじめて いもをむく
美咲は言葉を失った。小学二年生の春、祖母の家で初めて包丁を持った日のことだった。祖母がじゃがいもの皮のむき方を教えてくれて、ぎこちない手つきを、にこにこと見守っていた。ページを次々にめくると、「七月 美咲 ぬか床をかきまぜて、手がくさいと泣く」「十一月 美咲 大根おろしで指をちょっとけが」と続いている。このノートはレシピではなく、祖母が美咲と台所に立った日々を書き留めた記録だったのだ。
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肉じゃがのページの余白には、最後の一行があった。
美咲の肉じゃがは、いつも少し、しょっぱい。でも、あの子の味になってきた。
美咲はノートを抱きしめて、台所の椅子に座りこんだ。祖母は味の再現ではなく、美咲が自分の味を作っていくことを、見守っていたのだ。しばらくして立ち上がり、じゃがいもを二つ手に取った。皮をむく手つきは、あの頃よりずっと慣れている。
出来上がった肉じゃがは、少しだけしょっぱかった。それでも、ひと口食べると、体がぽっと温かくなった。ノートの最後のページに、鉛筆で新しい一行を書き足した。
十月 美咲 いも、ほくほく。じゅうぶん、あまく。ただし、しょっぱい。
きっと祖母は、天国で笑っているだろう。
