最終便は二十一時四十分に駅前を出た。乗客はいない。見送りの人が来るかと思っていたが、ロータリーには自販機の明かりしかなかった。私は運転席で日報を開き、乗車人員の欄に「0」と書いた。三十一年、毎晩これを書いてきた。今夜で書き納めになる。
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路線は駅前を含めて七つの停留所をたどる。役場前、郵便局、八幡下、堰場、月見台、そして終点の山口だ。どの停留所にも人は立っていない。バックミラーの端では、乗客カウンターが赤く光っていた。
0。0。0。
役場前でも郵便局でも、録音の声は律義に案内を流した。「ご乗車ありがとうございました。お忘れ物のないようにご注意ください」。忘れ物をする客が、今夜は一人もいない。私は廃止通知の紙を丸めて、ダッシュボードの隅に押し込んだ。
堰場を過ぎたところで、私はふと思い出した。後ろのドアの上には、降りた人を数えるセンサーが付いている。営業所の整備員は昔から言っていた。月見台でだけ、あれが一回鳴ります。ノイズです、と。私は三十一年、その言葉を信じたふりをしてきた。
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月見台の停留所には、屋根と錆びたベンチがあるだけだ。降車ボタンは誰も押していない。それでも私はブレーキを踏んだ。三十一年そうしてきたからだ。ドアが開くと、冷たい空気が入り、床の落ち葉が一枚めくれた。谷の向こうでは、町の灯が数えられるほどしか点いていなかった。
私は後ろを振り向かなかった。振り向いたら、いつもの夜が終わる気がした。
センサーが鳴った。
「お疲れさまでした」
自分の声だった。誰に向けたのかは、自分でも分からない。ミラーの端で、一番後ろの座席が沈みを戻していくのが見えた。
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ドアを閉めて、終点まで走った。最後の三キロは、もう誰も降りなかった。車庫には明かりも人もなかった。迎えの整備員も、今夜は帰ったらしい。エンジンを切ると、耳鳴りがした。整備員の言う「ノイズ」の音だけが耳に残っていた。
そういえば、毎晩あの席に座っていたのは誰なのか。駅前から堰場まで、カウンターは一度も1にならなかった。私は毎晩、その数字を見て日報を書いていた。どこで乗ったのかも、私は知らない。
懐中電灯を持って、車内を見に戻った。足音が自分のものだけで、少しほっとした。一番後ろの座面にだけ、まだ熱が残っていた。三十一年分の日報は、全部「0人」のままだ。会社は来月、その束を裁断機にかけると言っていた。
私はボールペンを取った。乗車の欄は空けたまま、最後の一行に「月見台 降車 一名」と書いた。
