のしと表書きの本 第1章
のし紙と掛け紙の違いは、熨斗(のし)が印刷されているかどうかです。慶事用の印刷掛紙のうち熨斗の入ったものは、一般に「のし紙」とも呼ばれます。弔事の掛紙には熨斗が入らないので、こちらは「のし紙」ではなく「掛紙」と呼び分けます。同じような見た目の紙でも、用途と熨斗の有無で呼び名が分かれるのが最初に押さえるポイントです。
改まった進物では、奉書に水引と熨斗を添えるのが正式です。親しい相手への贈り物やふだんの進物では、用途ごとに印刷された掛紙で済ませることが多いでしょう。掛紙のもとをたどると、品物をそのまま差し出すのは失礼だと考え、紙で包んでこよりで結んだ昔の習わしに行き着きます。それが時代とともに形式になったものが、いまの掛紙だとされています。見た目の装飾だけでなく、品物を丁寧に覆うという気持ちが形に残っていると考えるとわかりやすいでしょう。
のしの由来は、日本の贈り物のルーツにあります。贈り物の始まりは、神に魚や肉といった生ぐさものを供えたことだとされます。品物に熨斗を添えるのも、けがれのない品であることを示すために生ぐさものを付けたのが起こりです。昔は、あわびの身を薄く削いで干したものを添えて、「肴もお付けします」という気持ちを表したといいます。
「のし」という言葉は「のし鮑」を縮めたものです。あわびは貴重な食材で、不老長寿の象徴ともされてきました。いま多く見かける折り熨斗は、紅白の紙を雛人形のような形に折り、中に細長い黄色の紙を包み込んだものです。この黄色の紙片が、もとののし鮑にあたります。
慶事では生ぐさものを添えることがしるしになったため、熨斗はお祝いの象徴になりました。「のし」には「引き伸ばす」という意味もあり、祝いごとに限らずふだんの贈答にも広がっていきました。反対に仏教の弔事では、生ぐさものを断ち、引き伸ばしたくないという意味合いから熨斗を付けません。鮮魚や肉を贈るときも、生ぐさものが重なるため伝統的には熨斗を付けず、代わりに笹の葉を敷くとされます。ただし中元や歳暮などで生ぐさものを贈る場合には、現在は熨斗を付けることもあります。
手軽な贈り物では、熨斗を付ける代わりに「のし」と字で書いて済ませることがあり、これを「わらびのし」と呼びます。書いた字の形が芽吹いたばかりのわらびに似ていることからついた名前です。もともとは、熨斗が付いていることを字で示したのが始まりでした。熨斗には両折りや片折り、飾り熨斗などさまざまな折り方があります。真・行・草・蝶花といった分類もありますが、どの折りをどの場で使うかという厳格な決まりは特にないとされています。
三重県鳥羽市の国崎では、熨斗鰒づくりが県指定の無形民俗文化財として伝わり、伊勢神宮への神饌としてのあわび調製の伝統が残っています。現代の印刷のし紙そのものが国崎で作られているわけではありません。それでもあわびを添える発想の遠景として知っておくと、のしの意味が立体的に見えてきます。
掛紙の合わせ方にも慶弔の違いがあります。裏で紙が重なるとき、慶事や一般の贈り物では左を内側に、右を外側にして重ねます。弔事では逆に、左を外側にします。横長の品物では、品物の左側が上になる向きで掛けるとされます。家具や大型家電、生鮮食品のように掛紙や水引をかけにくい品物には、ボール紙を台紙にして奉書や掛紙を巻いたものを用意し、品物の右肩に添える方法があります。掛紙をさらに簡単にした形として、短冊を使う方法もあります。リボンをかけるときは、掛紙を重ねて使わないのが一般的です。
贈答のしきたりには諸説があり、地域や家ごとの習わしによって違うこともあります。のし紙と掛け紙の違いを一言で言えば、慶事は熨斗付きののし紙、弔事は熨斗なしの掛紙という呼び分けです。まず熨斗の有無を確かめると、紙選びの迷いが減ります。
次の章では、掛紙に結ぶ水引の、蝶結びと結び切りの違いを見ていきます。
参考:高島屋「進物の基礎知識 掛紙とのし紙」/高島屋「進物の基礎知識 熨斗(のし)」/文化庁 日本遺産ポータル「国崎の熨斗鰒づくり」/鳥羽市「県指定文化財 国崎熨斗鰒づくり」
次の章:水引の蝶結びと結び切りの違い