世の中、貸し借りの話ほど身につまされるものはございません。貸した方は覚えていて、借りた方は忘れている。これが世の常でございます。
傘なんぞは、もう戻ってきたためしがない。長屋の傘は回り回って、どこの誰が持っているやら分からない。傘の方でも、自分の持ち主が誰だったか忘れておりましょう。
本日は、そんな貸し借りにまつわる長屋のお笑いを一席。
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八「熊さん、頼む。今月どうにもならねえんだ。ちょいと金を貸してくんな」
熊「駄目だ。金は貸さねえ。これは前から決めてる」
八「そこを何とか」
熊「その代わりだ。八っつぁん、うちにある物なら何でも一つだけ貸してやる。持ってけ」
八「何でも一つ。そいつは気前がいいね」
熊「ただし返すんだぞ。借りた物は返す。当たり前だ」
八っつぁんは腕を組んで、熊さんの部屋をじろじろ見回します。
八「じゃあ米櫃を借りよう。中身ごとだ」
熊「中身は米だろう。それは食ったら返せねえ。空の櫃ならいいぞ」
八「空じゃ意味がねえ。待てよ、布団はどうだ」
熊「布団は俺が寝る。おめえ、昼間だけ借りてどうする」
八「昼寝をする」
熊「自分の家でしろ」
八「そうか。じゃあ、あの鉄瓶」
熊「鉄瓶はいいが、湯が入ってるぜ。持つなら火傷するな」
八「やめた。熊さん、ほかに何かねえのか」
熊「そこの壁に掛かってる半纏はどうだ。寒くなる頃だろう」
八「半纏か。悪くねえ。でも借りたらおめえが寒いだろう」
熊「俺は着物をもう一枚着る」
八「それなら、おめえが損をするだけじゃねえか。気が引けるよ」
熊「だったら何を借りるんだ。早く決めろ」
八っつぁんはしばらく黙って考え込み、ぽんと膝を打ちました。
八「決めた。熊さん、おめえの『顔』を貸してくれ」
熊「顔だと。俺の顔をどうする」
八「この前、大家さんに家賃を待ってもらおうとしたら、おめえの顔を立てて待ってやる、と言ってたじゃねえか。だから顔を借りてえ」
熊「そりゃ、顔が立つという話だ。顔そのものは貸せねえ」
八「何でもと言ったろう」
熊「言った。だが顔は外せねえ。分かった、貸してやる」
熊さんは困った顔をしながら、しぶしぶ頷きました。
八「ありがてえ。じゃあ、ちょいと外してくんな」
熊「外せるか馬鹿」
*
八っつぁんは熊さんの顔を借りたつもりで、さっそく大家さんのところへ出かけました。
八「大家さん、熊さんの顔を借りてきました」
大家「ほう、どれ。見せてごらん」
八「いえ、今はここにありません。熊さんがつけたままでして」
大家「それは借りたとは言わないよ」
八「へえ。じゃあ顔が立つ、ってのは」
大家「顔は借り物でも、面の皮はおまえさんの自前のようだね」
