レシートの裏の言葉

深夜のコンビニのレジ台。台の上に折れたレシートと鉛筆。窓の外は暗い。

執筆者:

カテゴリ:

約2分で読めます

午前二時になると、自動ドアがいつも同じ音で開く。作業着姿の男の人だ。四十代半ばだろうか。缶コーヒーとおにぎりをひとつレジに置いて、無言で会計を済ませ、レシートは受け取らずに、レジ横の箱へ自分で落としていく。夜勤を始めて三か月、渡辺はその客の顔を覚えた。名前は知らないし、聞いたこともない。それでも、二時に来ないと少し落ち着かなくなる。

*

ある夜、レシート入れを片づけていると、箱の底に折れた一枚が引っかかっていた。裏返すと鉛筆の線があって、あの男の人の字だった。

きょうも いちにち おわった

店のレシートに客が勝手に書いたのだから、叱るべきかもしれない。けれど、その六文字は、とても静かで、少しさびしかった。

次の日、渡辺は男の人のレシートを、箱に落とされる前に受け取った。レジの陰でボールペンを出し、裏に書く。

おつかれさまでした

それを何も言わずに男の人の手に渡すと、男の人は少し驚いた顔をして、レシートをポケットにしまった。

*

それから渡辺は毎晩、レシートの裏に一言を書いた。「今日は寒いですね」「新商品、おいしかったです」「あと三時間で朝です」。書くことがなくて、「ネコの写真を見ました」と書いた夜もある。男の人は何も言わずに、受け取ったレシートをポケットに入れ、会釈だけして帰っていった。

一か月たつと、渡辺は不安になった。迷惑ではないだろうか、余計なことをしているのではないか。その夜は何も書かず、白いままのレシートを渡した。男の人はそれを受け取って裏を見ると、少し眉を上げて、財布から鉛筆を出し、レジ台の上で一文字ずつ書いた。渡されたレシートの裏には、こう書かれていた。

来月から昼の勤務になります。夜はもう来ません。ずっと読んでました。ありがとう

渡辺は顔を上げた。男の人は、もう自動ドアのほうを向いている。

「あの」

声をかけると、男の人が振り返った。

「娘が、生まれたんです」

短い言葉だった。それでも、その一言で、この数か月の夜がすべて意味を持った気がした。

「おめでとうございます。おつかれさまでした」

男の人は初めて、にかっと笑って、ポケットを軽く叩いてみせた。そこには、渡辺の書いたレシートが、きっと全部入っているのだった。

*

その夜、渡辺は最後のレシートを一枚、家に持ち帰って、机の引き出しのいちばん上にしまった。午前二時になっても、自動ドアは開かない。それでも店の中は、前より少しだけ温かい気がした。

ほかの短編小説