十年目のカレー

食卓の上の大きな鍋から立つカレーの湯気。二つの皿、スプーン、はちみつの瓶。

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結婚記念日の夜は、夫がカレーを作る。それが、わたしたち夫婦の十年間変わらない決まりだった。夫は普段、包丁も握らない人で、冷蔵庫の中身を把握していないし、炊飯器の使い方もたまにあやしい。それでも記念日の夜だけは台所に立って、じゃがいもを不揃いに切り、玉ねぎを二十分も炒め、スパイスを何種類も混ぜ込む。そしてそのカレーは、毎年ちょっとだけ辛すぎた。

*

一年目は新婚だったから、何も言えなかった。夫が汗だくでスプーンを持ってきて「どう?」と聞いたとき、わたしは水をがぶ飲みしながら「おいしい」と答えた。二年目も三年目も同じで、辛さは少しずつ上がっている気がしたけれど、嬉しそうな夫の顔を見ると、「辛い」の一言がどうしても出てこなかった。七年目には、辛いのは自分の舌が弱いせいだと半ば信じていた。

十年目の今夜も、同じ皿が食卓に並んでいる。立ちのぼる湯気で、もう目がしみる。いただきます、と言って、ひと口食べたとたん、涙がぽろっとこぼれた。

「辛い」

自分でも驚くほど、するりと言葉が出た。夫がスプーンを持つ手を止めた。

「え」

「ごめん。本当は毎年ずっと辛かった。でも、嬉しそうだったから言えなかった」

しばらく時計の音だけが聞こえた。夫は天井を見上げてから両手で顔を覆い、肩を小刻みに揺らしている。泣いているのかと思ってのぞきこむと、夫は笑っていた。

*

「やっと言ってくれた」夫は涙をぬぐいながら言った。「十年、待ってたんだ」

話を聞くと、こういうことだった。結婚して最初の年、夫の作ったカレーをわたしは「おいしい」と言って全部食べたけれど、そのとき一度も水に手を伸ばさなかったのを、夫は見ていたという。

「何も言わないから、本当に口に合っているのか分からなかった。それで少しずつ辛くして、どこまでいったら君が本音を言うのか、試してたんだ」

わたしはあきれて、笑ってしまった。

「十年かけて試さないでよ」

「ごめん。でも途中でやめられなくなった。君が毎年、涙目で『おいしい』って言うのが愛おしくて」

わたしはスプーンを置くと、台所からはちみつの瓶と牛乳のパックを持ってきて、二人の皿にたっぷり回しかけた。

「来年は中辛にして」

「うん。でも君の分だけ、はちみつを先に入れておくよ」

食べなおしたカレーは甘くてまろやかで、ようやくおいしかった。

十一年目の記念日には、二人で台所に立った。夫が玉ねぎを炒め、わたしがスパイスの量を決める。

「辛い?」

「ちょうどいい」

そう答えると、夫は嬉しそうに鍋をかき混ぜた。

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