海の音の一致率

火星の居住区の一室。机の上に小さな録音機と、くしゃくしゃのビニール袋、手のひら大の砂の皿。窓の外は赤茶けた地平線と薄い空。机に向かう少女の後ろ姿。文字や画面表示は描かない。

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居住区に季節はないので、夏休みは学校が決めた四十日のことだ。自由研究のテーマは最後まで迷って「地球の海の音」にした。資料室には海の映像ならいくらでもあるのに、音声は波形データが一種類あるだけで、それも誰かが機械で整えたような味気ないものだったからだ。ならば本物を知っている人に聞くしかない。この居住区には、地球で生まれて二十代のうちに火星へ来た人が、まだ十数人いる。

*

最初に訪ねたのは、三棟の佐伯さんだった。八十に近いおばあさんで、麦茶を出してくれてから、私の質問を二回聞き返した。

「ざあ、じゃないのよ。ざらざら。砂が引いていくときの、ざらざら」

佐伯さんは手のひらをこすり合わせて見せた。私はその音を録った。

四棟の久保田さんは、聞き終わる前に答えた。

「ビニール袋だね。浜に落ちてたやつが、風でかさかさいってた」

「それは袋の音で、海の音ではないですよね」

「海のそばで鳴ってたんだから、海の音だ」

久保田さんは譲らなかったので、私は台所から袋を借りてきて録り直した。

五棟の森さんは、少し考えてから台所を指さした。

「冷蔵庫。海の近くの宿に泊まった晩、波より冷蔵庫のほうがうるさくてな。ぶーんって、朝までずっとだ」

私は森さんの冷蔵庫の前に座って、十分ほど録音した。ここまでで三人聞いて、三人とも違う答えだった。研究の方針が心配になってきたけれど、ノートには「個人差あり」と書いておいた。

*

その週の終わりには、パン屋の工藤さんに会った。焼きたての匂いのする作業台の横で、手を止めずに答えてくれた。

「笑い声」と工藤さんは即答した。「子どもの。それと誰かが冷たいって叫ぶ声。海はだいたい、誰かが笑ってた」

帰りに工藤さんは、焼きたてのパンを一つ持たせてくれた。それは録音できなかったので、歩きながら食べた。

最後の小野さんは八十を過ぎた男の人で、長いこと天井を見ていた。

「聞いたことがないんだ。ずっと船酔いで吐いていたから、音の記憶はみんなそっちに上書きされてる」

私は少し迷ってから、そのときの「うっ」という声も真似してもらって録った。

*

提出は八月の最終日だった。ざらざらを下に敷いてかさかさを重ね、冷蔵庫の唸りを底に回した。音が大きすぎるかと思って何度か下げ、笑い声を散らして、小野さんの声を一回だけ入れた。重ねる順番を替えて十一回聞き比べ、いちばん海に近いと思えた並びを選んだ。自分で聞いてみると悪くなかった。少なくとも資料室の波形データよりは、誰かが近くにいる音がした。

学習AIの審査は三秒で終わった。

原音との一致率 12%

私は二回読み直した。十二。ゼロではないのだから、どこかは本物に当たっているということだ。胸を張って、講評欄を開いた。

講評:冷蔵庫の唸りのみ一致。ほかは再収録を推奨します。

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