金曜の六時を過ぎると、経理課のフロアには私と蛍光灯の音だけが残った。二十二年分の仕事を後任の北村さんへ渡すのだから、A4で二枚もあれば足りると思っていた。ところが書き始めると、一項目ごとに誰かの顔が浮かんで、気づけば三枚目に入っている。異動先は同じビルの七階にある営業企画で、辞令の文面は栄転とも左遷とも読める書き方だった。とにかく月曜からは席が変わるので、私は題名から打った。
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引き継ぎ書(経理課事務) 作成 小野寺
1. 経費精算の締めは毎月二十五日です。領収書はA4の台紙に貼ってから出してもらってください。営業の坂口さんは糊を塗りすぎるので、複合機に載せる前に裏を触って確かめること。
2. 部長の決裁印は火曜と木曜の午前中だけもらえます。朱肉が薄いと部長の機嫌が悪くなるため、月初に左上の引き出しの補充用を足してください。
3. 三階のコピー機は二段目のトレイで紙が詰まります。本体の右側面を下から二回叩くと直ります。三回叩いても直らない日は業者を呼んでください。
4. 付箋は黄色の七十五ミリ角だけを発注します。水色が届いたら坂口さんが別の業者へ頼んだ証拠なので、私の席の下の段ボールへ入れてください。
5. 山形商事の担当の方は電話が長く、いつも十五分かかります。ただし最後の二分で、来月の値上げや支払日の変更を必ず教えてくれます。メモは最後の二分のために取っておくこと。
6. 来客用の茶菓子は窓際の棚の二段目にあります。賞味期限が近い順に前へ出してあるので、並びを変えないでください。
7. 窓際のポトスは月曜の朝に水を一杯やります。ほかの曜日にもやっている人がいるため、土の表面が湿っていたら足さないでください。誰がやっているかは調査済みですが、報告は不要です。
8. 年末調整の書類は十一月に配ります。川端さんは毎年期限までに出さず、十二月の朝礼のあとで鞄から出してきます。怒らずに受け取ってください。去年は、来年から早くしますと言っていました。
9. 総務の田所さんは、昼休みの十二時から十二時四十分まで席にいません。印鑑証明の相談は四十分を過ぎてからにしてください。
10. 私の席の引き出し一番下の鍵は、本書の三枚目の裏に貼ってあります。中身は非常食のクッキーです。賞味期限が来月なので、先に食べてください。
11. 本書に載っていない質問は、坂口さんが知っています。ただし坂口さんの記憶の三割は間違っています。
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十一項目を打ち終えて、手が止まった。ここまでの内容は、読めば誰でも一人で回せるように書いたつもりで、私に聞く必要はもう残っていないはずだった。紙を見直してから十二項目目の番号だけを打ち、内線番号の欄を探した。
12. 以上で全部です。分からないことがあれば七階の内線七四一二まで。出なければ給湯室にいますが、七階の給湯室はまだ場所を知りません。
