引っ越し屋のひとり言

引っ越しトラックの荷台と積まれた段ボール。一番上に古い黒いダイヤル式電話機。

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引っ越し屋のアルバイトを、六年やっている。段ボールを積んで階段を上がり、家具を運ぶ。体力仕事に見えるけれど、本当は人間観察の仕事だと思う。荷物には、その人の暮らしがぜんぶ出るからだ。本が多い人、靴が多い人、観葉植物を五十鉢持っている人、調理器具だけがやたらと立派な人。段ボールを開けなくても、箱の重さと持ったときの音で、だいたい分かる。

*

その日の依頼人は、八十歳くらいの小柄なおばあさんだった。三十年住んだ団地から、息子さんの家の近くの小さなアパートへ移るのだという。荷物は驚くほど少なくて、布団と箪笥とちゃぶ台、台所用品がひと箱だけだった。

「これだけで、いいんですか」

俺が聞くと、おばあさんはにこにこ笑った。

「ええ。いらないものは、ぜんぶ手放しました。でもね、ひとつだけ大事なものがあるの」

おばあさんが押し入れの奥から取り出したのは、古びた黒い電話機だった。ダイヤル式の固定電話。

「この電話だけは運んでほしいんです。もう、線はつながっていないけれど」

俺は電話機を毛布で包んだ。何か大切な思い出が詰まっているのだろうと思った。

*

新しいアパートに着いて荷物を運び入れ、最後に、電話機をちゃぶ台の上に置いた。おばあさんはしばらく電話機を見つめていた。

「実はね、この電話、亡くなった主人が毎日会社からかけてきた電話なの。『これから帰るよ』って。三十年、同じ時間に鳴りつづけた」

おばあさんは、ダイヤルを指でなぞった。

「主人がいなくなってから、電話は鳴らなくなった。でも、鳴らなくても、そこにあると安心するのよ」

俺は何も言えなかった。おばあさんはにっこり笑って続けた。

「でも今日からは、息子の家が近いから、新しい電話が鳴るかもしれないわね」

そのとき、おばあさんの携帯電話が鳴った。画面には「息子」の文字。おばあさんは嬉しそうに耳に当てた。

「もしもし。ええ、着いたわ。大丈夫よ」

俺は黙って玄関を出た。階段を降りるとき、背中から、おばあさんの弾んだ声が聞こえた。トラックのエンジンをかけながら思った。荷物は暮らしだ。そして暮らしは、誰かとつながっていることだ。

今日も俺は段ボールを運んでいる。次の現場は、どんな人の、どんな暮らしだろう。

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