駅のベンチに三十分だけ座ってみる

午後の駅のホームのベンチに置かれた文庫本。行き交う人は小さく霞んでいる。

執筆者:

カテゴリ:

約2分で読めます

先週の日曜日、予定がひとつもなかった。朝から洗濯をして、部屋を片づけて、昼ごはんを食べても、午後二時の時点でぽっかりと時間が空いていた。何かしなければ、と焦る気持ちがあって、スマートフォンを手に取りかけて、やめた。代わりに、財布と文庫本だけを持って近くの駅まで歩いていった。

ベンチに座ってみる

駅のホームの端のベンチに腰を下ろした。電車に乗る予定はなく、ただ座っているだけだ。最初の五分は落ち着かなかった。文庫本を開いても文字が頭に入ってこず、周りの人たちが忙しそうに行き来するのを見ていると、自分が時間を無駄にしている気がした。それでも十分ほどたつと、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

人の流れの見え方

ホームにはいろいろな人がいる。大きな荷物を抱えた旅行客、ベビーカーを押す若い夫婦、足早に階段を上がっていく高校生、杖をついてゆっくり歩く老夫婦。電車がホームに入ってきてドアが開き、人が降りて、ドアが閉まって電車がまた動き出す。その繰り返しが一定のリズムで続いていく。

ふだんのわたしは、その流れの中にいる。流れの中にいると周りが見えなくなるけれど、ベンチに座って外側から見ると、ひとりひとりにそれぞれの日曜日があることが分かる。

何もしないという贅沢

二十分がたったころ、隣のベンチに小さな女の子が座った。足をぶらぶらさせながら、電車をじっと見つめている。

「でんしゃ、きた」

ささやいて、にっこり笑った。その顔を見て、わたしも頬がゆるんだ。何もしていない時間が、不思議と満ち足りていた。

三十分後、わたしはベンチから立ち上がった。結局、文庫本は数ページしか進まなかったけれど、頭は不思議とすっきりしていた。帰り道は、いつもより少しゆっくり歩いた。夕方の風が頬に心地よかった。

予定のない日曜日は、何かをしなくてもいい日曜日。そう思えるようになったのは、あの駅のベンチのおかげだ。またそのうち、財布と文庫本だけを持って、ふらりと座りに行こう。

ほかのエッセイ