『帝国図書館は、計画の四分の一で開館した』の目次:帝国図書館は、計画の四分の一で開館した
国際子ども図書館として使われ始めた旧帝国図書館の建物にも、やがて足りないものが出てきた。書庫だ。
「国際子ども図書館の歴史」のページによると、納本制度などで集まる国内の児童書と、「国際」を冠する図書館として集めた海外の児童書を収めるには、書庫スペースの不足が大きな課題だった。子どもの読書を取り巻く環境の変化に合わせてサービスを改善するにも、既存の施設だけでは足りなかった。施設の増設を視野に入れた検討が行われた。
年表と小史から、その後の動きを拾う。
- 2011年3月、国際子ども図書館第2次基本計画を策定
- 2012年2月15日、増築棟の建設工事を開始(小史では「国際子ども図書館アーチ棟」)
- 2015年6月、アーチ棟完成
- 2015年9月16日、新館完成記念式典(17日に児童書研究資料室開室)
同じページは、アーチ棟の建設についてこう書いている。「明治以来の帝国図書館の計画であった中庭を持つ図書館とすることを目指しました」。中庭を中心に据えて、レンガ棟とアーチ棟をつなぐ形にした。
「施設の紹介」のページの言い方も近い。帝国図書館創建当時の設計コンセプトである、中庭と一体となった図書館環境を造るため、アーチ棟はレンガ棟とともに中庭を囲むような形で建てられた。
アーチ棟は、ガラスに覆われて曲線を描く弓状の建物だ。緩やかに弧を描くデザインは、本をめくるようなイメージで設計されたという。南側は全面ガラス張りのカーテンウォールで、2階には児童書の調査研究のための児童書研究資料室がある。鉄筋コンクリート構造の地下2階・地上3階で、地下の書庫には約65万冊の収蔵能力がある。レンガ棟の北端を占める書庫は6層で、約40万冊。国立国会図書館の「建物と設備」のページによると、アーチ棟の完成にあわせて、旧帝国図書館の建物はレンガ棟と名づけられた。
第1章に書いた実施計画案は、中庭を囲む「ロの字型」だった。1906年に建ったのはその4分の1で、1929年の増築でも当初の計画の3分の1だった。国の財政難のため、ついに完成することはなかった。
2015年は、1906年の開館から109年後にあたる。そのとき建てられたのは、帝国図書館の計画どおりの建物ではない。公式の言葉は、中庭を持つ図書館とすることを「目指しました」だ。それでも上野の旧帝国図書館の建物は、109年たって中庭を囲む図書館の一部になった。
いまその建物には、年齢の制限なく入館できる。国立国会図書館の東京本館や関西館の使い方とあわせて、国立国会図書館の本にまとめてある。
計画の四分の一で開館した帝国図書館は、いまも上野で図書館として使われている。
参考:国際子ども図書館「国際子ども図書館の歴史」/国際子ども図書館「施設の紹介」/国立国会図書館「国立国会図書館小史」/国立国会図書館「建物と設備」