『帝国図書館は、計画の四分の一で開館した』の目次:帝国図書館は、計画の四分の一で開館した
未完のまま昭和を過ごした帝国図書館は、戦後に名前を二度変える。最初は「国立図書館」、次は国立国会図書館の「支部上野図書館」だ。
国立国会図書館の小史によると、1947年(昭和22年)12月4日、帝国図書館は「国立図書館」と改称した。同じ年の4月30日には国会法が公布され、その第百三十条に国会図書館の設置が定められている。
翌1948年(昭和23年)2月9日に国立国会図書館法が公布された。4月6日に赤坂離宮に移転し、6月5日に国立国会図書館が開館する。一般公開は6月7日からだ。
国立図書館の扱いが決まったのは、その翌年だった。小史には、1949年(昭和24年)4月1日の行に「国立図書館、支部上野図書館となる」とある。ここから上野の建物は、国立国会図書館の支部上野図書館として使われていく。
本館は別の場所に建てられた。国立国会図書館の「建物と設備」のページはこう書いている。
- 草創期の国立国会図書館は、赤坂離宮(現迎賓館)のほか、いくつかの庁舎に分散していた
- 現在の本館庁舎は1961年(昭和36年)に第一期が完成した
- 1968年(昭和43年)に第二期分が完成し、全体が完成した
小史には、1949年9月15日に三宅坂仮庁舎竣工の行もある。1952年(昭和27年)12月22日に国立国会図書館建築委員会が東京本館の建設を勧告している。1961年7月30日には第1期工事の完成に伴う新庁舎修祓式が挙行され、11月1日に新庁舎開館披露式が開かれた。1968年11月21日の行には「第2期工事により本館全館完成」と添えてある。
同じ小史には、上野の行も残っている。1952年10月31日、支部上野図書館開館80周年記念式典挙行。1872年の書籍館から数えると、ちょうど80年にあたる。
新しい本館の大きさは、「建物と設備」のページに書いてある。書庫棟は一辺45メートルの正方形で、17の層に分かれる。収蔵能力は約450万冊、書架の総延長は172キロメートルに及ぶ。それを一辺90メートル、6階建ての事務棟が取り囲む。帝国図書館の全体計画は正面約87.5メートル、書庫は9層だった。その後も本館の北側に新館が建ち、1986年(昭和61年)に書庫の一部を除いて完成・開館、1993年(平成5年)に全館完成している。
国立国会図書館の「沿革」のページは、1961年の第一期竣工をこう書く。永田町に現庁舎の第一期工事が竣工し、支部上野図書館(旧帝国図書館)等の資料を統合して、205万冊の蔵書を擁する図書館として活動を始めた。資料は永田町の本館に統合され、上野の建物は支部の一つとして残った。
建物の先行きについては、もう一つの事実がある。国際子ども図書館のページによると、支部上野図書館の施設として使われてきた建物は、将来東京都に移管することが法律で決められていた。
国の図書館として建てられ、4分の1で開館し、増築しても3分の1だった建物は、国の手を離れる予定になっていた。
参考:国立国会図書館「国立国会図書館小史」/国立国会図書館「建物と設備」/国立国会図書館「沿革」/国際子ども図書館「国際子ども図書館の歴史」