『帝国図書館は、計画の四分の一で開館した』の目次:帝国図書館は、計画の四分の一で開館した
1906年に4分の1で開館した帝国図書館で、第2期工事が竣工したのは開館から23年後だ。国際子ども図書館のページは、その時期を1929年(昭和4年)8月としている。
国際子ども図書館のページによると、館内は年々増える利用者と蔵書で狭くなっていた。そこへ関東大震災が起き、市中の図書館が罹災した。帝国図書館の利用者は数倍に達し、入館できない人が出るようになった。文部省もこの実情を認め、第二期の増築工事が行われた。
国立国会図書館の展示資料「帝国図書館の誕生」も、増築の理由を同じ方向で書いている。未完成だった図書館に、蔵書の増加と震災の疲弊が重なり、増築が必要になった。
工事の時期は、資料によって押さえ方が少しずつ違う。
- 国際子ども図書館のページは、第2期工事の竣工を1929年8月としている
- 国立国会図書館の小史には、昭和4年8月4日「帝国図書館本館増築工事竣工」とある
- 展示資料は、増築工事を昭和2年から昭和5年までとし、落成式を昭和5年3月15日としている
国際子ども図書館のページには、1928年(昭和3年)ごろの工事写真が載っている。鉄筋やコンクリートを運び込む様子の脇に、先に建っていた部分の外壁が写る。1929年ごろの写真の説明には、いまのレンガ棟の南側側面が完成したとある。
増築で、つくりも変わった。展示資料によると、鉄骨煉瓦造が鉄筋コンクリートに改められた。同じ資料は、1929年に大蔵省営繕管財局がまとめた増築工事の設計図も紹介している。100分の1の断面図で、2階と3階が閲覧室、1階に館長室と事務室、地下に汽鑵室や貯炭場があったことが読み取れるという。
それでも、計画には届かなかった。国際子ども図書館のページはこう書く。この増築工事の完成をもってしても、当初の計画の3分の1に過ぎなかった。展示資料の言い方では、予定の三分の一も完成せず、相変わらず「未完の図書館」のままだった。
増築前には、もっと大きな案も描かれていた。国際子ども図書館のページが昭和期の増築前の構想図と推測する平面図は、地下1階・地上4階建て、正面の幅は102メートルだ。中庭を2つに分けた「日の字型」で、中庭に面した中央部の4階に講堂を置いている。
1930年(昭和5年)には、増築を記念して絵はがき3枚とともに平面図が配られた。明治の『帝国図書館概覧』の図に、増築部分を書き込んだものだという。最初の計画図の上に、建った部分を足していく形になっている。展示資料によると、増築記念の展覧会も開かれ、展覧室は3部屋で構成されていた。
その後も、書庫の増築などは行われた。それでも国際子ども図書館のページは、国の財政難のため、ついに完成することはなかったと結んでいる。
3期に分けて建てるはずだった図書館は、2期目を終えても3分の1だった。建物は未完のまま、帝国図書館は名前を変える時期を迎える。
参考:国際子ども図書館「帝国図書館の歴史」/国立国会図書館「国立国会図書館小史」/国立国会図書館 第125回常設展示「帝国図書館の誕生」