港の突堤の根もとに、赤い郵便ポストが一本立っている。三年前に集荷が打ち切られ、投函口には役所の札が貼られた。「使用できません」。それでも潮風に塗装を剥がされながら、ポストはそこに残っていた。
真琴がそれに気づいたのは、春の終わりだった。配達の帰り道、ポストの口から白いものがのぞいている。札をめくって引き抜くと、便せんを四つに折っただけの手紙で、宛名も差出人もなかった。開くと、鉛筆の丸い字で三行だけ書かれている。
きょうの うみは、あおより すこし はいいろでした。ふねは ぜんぶで さんそう でていました。かもめが いっぱい いました。
子どもの字だ、と思った。真琴は規則どおり手紙を局に持ち帰って課長に見せたが、課長は首をかしげただけだった。
「宛先不明の信書は、一定期間保管して処分だな。ポストはもう生きてないんだ。誰かのいたずらだろう」
いたずらにしては、字がまじめすぎた。
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翌朝、ポストにはまた一通入っていた。その次の朝もそうで、内容はいつも海の報告だった。「きょうは なみが たかい」「あさやけが みかんいろ」。差出人の名前は、どの手紙にもなかった。一週間目の手紙だけが少し違っていて、最後に一行、足されていた。
おかあさんの まどからは、うみが みえないって きいたので、ぜんぶ かいています。
真琴は手紙を持ったまま、しばらく動けなかった。この町には病院が三つある。そのどれかに、海の見えない部屋で、この手紙を待っている人がいるのだ。宛名のない手紙を勝手に届けてはいけないと分かっていたけれど、規則を守った先に待っているのは、いつか処分される紙の束だけだった。
真琴は休みの日に、制服を着ずに三つの病院をまわることにした。受付で事情を話し、病室の窓の向きを尋ねる。一つ目の病院は、どの部屋も海に面していた。二つ目はほとんどが山側だったが、母親が入院している子どもには、誰も心当たりがないと言われた。
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三つ目の病院は、坂の上の建物だった。受付の看護師は手紙の字を見るなり、あ、と声をもらした。
「これ、凪ちゃんの字です。毎週お見舞いに来る女の子。お母さんの病室は三階の北向きで、海が見えないんです」
案内された病室の前で、真琴は手紙の束を握りしめた。ノックして入ると、ベッドの上の女性が体を少し起こした。顔色は白かったが、目だけがよく動く。
「郵便局の者です。宛名のないお手紙をお預かりしていました。もしお心当たりがあれば」
差し出された便せんに目を落とした女性は、声を出さずに、肩だけを震わせた。
「あの子、毎日海まで行って書いているんですね。わたしが見たいと言ったから」
手紙は、窓のない壁に一枚ずつ貼られていった。やがて病室には、小さな海ができた。
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その週の木曜日、真琴は海辺のポストの前に立って、役所の札の下に、自分で書いた紙を貼った。
このポストの手紙は、毎週木曜にまちがいなくお届けします。 郵便局員 真琴
課長には始末書を出すつもりだった。ところが翌週、局に戻ると、課長は何も言わずにポストの鍵を一本、真琴の机に置いた。
「集荷、ちゃんと回れよ」
突堤の先で、かもめが鳴いた。今日の海は、青より少しやわらかい色をしていた。
