土曜の朝十時に、僕は栗原さんの部屋のインターホンを押した。引っ越し業者が来るのは日曜の九時で、荷造りは前日に終わらせる予定だったらしい。家具はもうほとんど運び出されていて、段ボールが壁に沿って三列に積まれている。カーテンのない窓から、向かいのマンションの洗濯物が丸見えだった。
「助かる。残り、あと十一箱なんだよね」
栗原さんは床に座って、ガムテープの芯をのぞいていた。
「昼までに閉じます」
「頼もしいな」
僕が箱を組み立て、栗原さんが中身を決め、テープは僕が貼った。「台所」「本」「冬」と油性ペンで書いていくと、最後の一箱だけ中身が決まらず、栗原さんは「雑」と書いた。十二時を過ぎたころには、部屋の床が三年ぶりに見えると本人が言った。
*
昼は、コンビニで買ったおにぎりを床に座って食べた。椅子はもう、ない。僕はおにぎりを半分食べたところで、ポケットから四つ折りの紙を出した。
「何それ」
「告白の原稿です」
「こくはく」
「はい。読みます」
栗原さんが何か言う前に、僕は紙を開いた。
「一、僕は栗原さんが好きです。二、付き合ってほしいです。三、断られても、今日の手伝いは夕方まで続けます。四、断られた場合の月曜以降の気まずさは、僕のほうで引き受けます。五」
「ちょっと待って」
「五がまだです」
栗原さんはおにぎりを持ったまま固まっていた。それから吹き出して、海苔が膝に落ちた。
「ごめん。続けて」
「五、返事は今日でなくていいです。ただ、新居の住所は教えてもらえると助かります。荷物が届いたときのために」
「荷物って何」
「まだ決めてません」
栗原さんの肩が揺れて、止まらなくなった。段ボールの「雑」にもたれて、目のはしを指で押さえている。僕は紙を持ったまま、どこで読むのをやめればよかったのかを考えていた。
「なんで、断られる前提で、アフターサービスまで書いてあるの」
「誠実にやろうとしたら、こうなりました」
「それ、誠実なの」
「たぶん、違いますね」
*
栗原さんは息を整えてから、僕の手から紙を取った。端から順に読んで、四番のところで指を止める。
「ここ。引き受けなくていい。月曜は普通に会社で会うから」
「それは、お断りの」
「違う。まだ決めてないだけ」
僕は返事ができなくて、おにぎりの残りを口に入れた。梅だった。栗原さんは床に置いた油性ペンを拾って、紙の余白に何か書き足している。ペンのキャップは、端が歯形でへこんでいた。
「三は、残していい?」
「え」
「夕方まで手伝うやつ。あと四箱、まだあるから」
「残します」
午後は二人とも口数が少なかった。それでも箱は進んで、四時には最後の一箱にテープを貼り終えた。栗原さんが「雑」の箱をぽんと叩く。
「六」
栗原さんが紙を僕の前に出した。余白に、下手な字で書いてある。
「来週の土曜、新居でカーテンレールを付ける。電動ドライバー、持ってる?」
「持ってないです」
「買って。お金は私が出す」
「何時ですか」
「十時。東口を出ると、パン屋がある」
僕は紙を受け取って、四つ折りに戻そうとした。
「それは置いてって」
栗原さんが手を出す。僕は紙を渡して、スマホで電動ドライバーの型番を調べはじめた。
