返却ポストの十二冊

閉館後の夕暮れの小さな図書館の入口。壁に付いた返却ポストの投入口から、登山の本が一冊半分だけ顔をのぞかせている。足もとに長い影。

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月曜の朝、返却ポストを開けると、『北アルプス全山縦走』が一冊だけ入っていた。表紙の角は丸く擦れ、ページの間には感熱紙の細い紙が栞のように挟まっている。字は薄れて読めないので、私はいつものように紙をごみ箱へ捨て、本のバーコードを読み取り機にかざした。画面に緑の返却済みが出る。この本が届くのはこれで十二週続けてで、私が配属された七月から、一度も欠けた月曜がない。棚へ戻しても、次の週にはまた消えて、ポストの底に戻ってくる。

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「この本、貸出記録がないんです」

カウンターの奥で、先輩の宇野さんは蔵書点検の紙から顔も上げなかった。

「あるでしょ。返ってくるんだから」

「履歴を引くと貸出ゼロ回です。借りた人がいないのに、毎週返ってきます」

「誰かの置き土産でしょ。気にしすぎ」

そう言って宇野さんが顎で示した壁の貸出ランキングには、一位に『排水設備の基礎知識』と書かれている。町の工事屋さんが好きでね、と彼女は先月も同じ冗談を言っていた。私は山の本を抱えたまま、事務室へ向かった。

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昼休みに、本を開いて隅々まで見た。見返しには蔵書印が押され、その横に鉛筆で登録番号が書いてある。裏表紙のバーコードのラベルだけが妙に白く、周りの本の黄ばんだラベルと並べると、角が浮いて新品のように見えた。奥付の脇には、春に製本を直した印がある。鉛筆の番号とラベルの番号を指でなぞって読み比べると、末尾の三桁が合っていなかった。

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ラベルの番号を検索窓に打ち込むと、出てきたのは『排水設備の基礎知識』だった。貸出は四十八回で、ここ十二週は毎週きっちり増えている。この館の貸出機は画面に冊数しか出さず、題名が載るのは印字される紙のほうだ。私は朝捨てた紙を思い出し、ごみ箱をかき回して広げた。薄い文字のなかで、書名だけがかろうじて読める。排水設備の基礎知識、返却期限。山の本を借りた誰かは、この紙を栞にして、毎週月曜に返していたのだ。

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「ああ、春に製本から戻したとき、ラベルを貼り違えたな」

宇野さんは本を受け取ると、裏のラベルを爪ではがした。

「直しとく。ランキングも直さないと」

「一位が入れ替わりますね」

「それがさ、来期の購入、もう通してあるんだよ。ほら、一位の本を三冊」

彼女が見せた発注書の控えには、確かに排水設備の本の名があった。翌週、三冊は箱のまま届いた。本物の一冊は書庫の奥に眠っていて、新しい三冊と並べても、まだ誰にも借りられていない。

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