改札の電光掲示板が消えたのは、ホームに降りてから三分後のことで、私たちは階段の途中でそれを見上げて、どちらも何も言わなかった。駅員が下ろしかけたシャッターの前を抜けて外へ出ると、タクシー乗り場には誰も並んでおらず、ロータリーの向こうで自販機だけが白く光っていた。家までは四十分あれば着く。歩こう、と言ったのは彼のほうだった。
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大通りの歩道橋を渡るあいだ、下をトラックが何台も通って、そのたびに橋が細かく揺れた。彼はコンビニで買った缶コーヒーを両手で持ったまま、飲まずにずっと温めている。私は温かいお茶のペットボトルを首に当てながら、この二週間ずっと用意してきた返事を頭の中でもう一度並べ直していた。
「あのさ」と彼が言った。
「うん。大阪でしょう」
彼は階段を一段降りてから振り返って、私の顔を見た。
「え、何が」
「違った?」
「いや、大阪の話は、まだ会社から正式には来てない」
「じゃあ、何を言おうとしたの」
「来週の土曜、空いてるかなと思って」
私は手すりに置いた手を見た。先回りして用意した返事は、聞かれてもいない質問の答えとして、行き場のないまま口の中に残っている。
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商店街のアーケードに入ると、シャッターの降りた店が両側に続いていて、足音だけがやけに大きく響いた。閉まった布団屋の前で、彼は缶コーヒーをようやく開けて半分ほど飲み、私に差し出した。受け取って口をつけたら、ぬるくなって甘さだけが残っている。
「来るかもしれないってことは、前から知ってたの」と私は聞いた。
「知ってたというか、課長が飲み会で言ってたのを聞いただけ」
「それ、私に言わなかったよね」
「決まってないことを言って、心配させたくなかった」
「心配はしてたよ。もう二週間」
彼は黙って歩き、八百屋の看板の下で足を止めて、それから「ごめん」とだけ言った。私は謝ってほしかったわけではなく、かといって何を言ってほしいのかも、自分でもうまく言えなかった。
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踏切の手前で警報機が鳴りはじめた。電車はもう走っていないはずなのに、遮断機はちゃんと降りてきて、赤い光が私たちの靴の先を交互に照らす。保守用の車両か何かがゆっくり通り過ぎるのを、二人とも黙って待った。
「もし行くことになったら」と私は言いかけて、やめた。
「うん」
「ううん、まだ決まってないんでしょ。今の、なし」
「聞くよ、言いたいなら」
「言いたいことが、まだ形になってない」
遮断機が上がった。彼は先に渡らず、私が足を出すのを待っている。
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住宅街に入るころには、空の端が、建物の輪郭だけを残して少しずつ灰色になっていた。新聞配達のバイクが角を曲がってきて、すれ違いざまに彼が会釈をする。家まではあと十分ほどで、昼間なら何度も歩いた道なのに、今日は歩幅が合わないまま、彼の靴音のほうが少し遅れてついてくる。
「土曜、どこ行くの」と私は聞いた。
「まだ決めてない。決めよう、今から」
「今から?」
「歩きながら」
私は鞄を持ち替えて、いちばん近い角の信号が青に変わるのを見た。渡るか、渡らないか、決めないうちに、足が先に横断歩道の白線を踏んでいた。
