図書館は何を借りたか外に出さない 第2章
『図書館は何を借りたか外に出さない』の目次:図書館は何を借りたか外に出さない
外に出さない約束には、理由が書かれている。宣言の冒頭に置かれた一文がそれだ。図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することを、もっとも重要な任務とする。秘密の話より先に、手渡す話が来る。この順番には意味がある。前文は、すべての国民がいつでもその必要とする資料を入手し利用する権利を有する、と続ける。この権利を社会的に保障することが、知る自由を保障することだという。図書館は、まさにそのことに責任を負う機関として書かれている。利用には公平な権利があり、人種や信条、年齢などによる差別はあってはならない。外国人もその権利が保障される、と前文は念を押す。カウンターで本を貸すのは、その責任の毎日のかたちだ。
出発点は国民主権だ。主権が国民にあるなら、ひとりひとりが思想や意見を自由に発表し交換できなければならない。前文は、知る自由をその表現の自由と表裏一体のものとして置く。知る自由の保障があってこそ表現の自由は成立する、とまで書く。思想・良心の自由をはじめ、ほかの基本的人権とも密接にかかわるという。そして、国民の不断の努力によって保持されなければならない、と結ぶ。ここで、秘密の約束とつながる。資料が棚に並んでいても、手に取ったことが外に知られるなら、話は変わる。借りた記録が誰かに伝わると思えば、借りる前に一度ためらう。病気の本、法律の本、政治の本。人に知られたくない事情に近い本ほど、ためらいは強くなりやすい。棚が開いていても、手が伸びなければ知る自由は細っていく。秘密は、罰を避けるための遠慮ではない。知る自由が実際に働くための条件として、宣言のなかに置かれている。
宣言は、過去にも目を向けている。日本の図書館が国民への「思想善導」の機関として、知る自由を妨げる役割さえ果たした歴史的事実がある、と前文は記す。そして、その反省の上に、知る自由を守りひろげていく責任を果たす必要がある、と続ける。記述は短く、言い訳もない。図書館は権力の介入や社会的圧力に左右されず、自らの責任で資料と施設を提供する、という一節もある。宣言の本体は、資料収集の自由と資料提供の自由を掲げ、利用者の秘密と検閲への反対を並べる。集めること、手渡すこと、手渡した事実を守ることが、一本の線でつながっている。宣言の結びには、図書館の自由の状況は一国の民主主義の進展をはかる重要な指標である、という言葉も見える。棚の前の小さなためらいも、その指標と無縁ではない。前文の終わりには、これらの原則がすべての図書館に基本的に妥当する、とある。法律の条文ではなく、協会が掲げ、多くの図書館が拠り所にしてきた原則としての言葉だ。読んだものが外に出ないから、人は次の本にも手を伸ばせる。
次の章:貸出記録だけではない