日本標準時は東経百三十五度

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日本標準時は東経百三十五度 第1章

いま何時か、と聞けば、列島のどこでも同じ数字が返ってきやすい。時計の針は、感覚の中では日本全体がひとつのいまを持っているように動く。法令の側は、その数字に住所を付けている。明治の勅令は、東経百三十五度の子午線の時を、本邦一般の標準時とする、と置く。施行は明治二十一年一月一日から、という日付も条文にある。列島のどこかの太陽が南中した瞬間を、そのまま定義にしているわけではない。標準時の住所は、一本の経線である。漂う感覚ではなく、固定された一つの座標だ。同じいまでも、感覚の広がりと法令の一点は重ならない。数字は全国に届く。住所は経線に縛られる。どこにいても針が同じでも、根拠の点はなお一本だ。列島が勝手に時刻を持っているのではなく、一本の経線の時を一般の標準時とした、という座標の基準が先にある。

情報通信研究機構(NICT)の日本標準時の説明は、同じ座標を算術に翻訳する。地球が二十四時間で三百六十度回るなら、十五度がおよそ一時間に当たる。東経百三十五度は、本初子午線から見て九時間進む位置だ。いまの枠組みでは協定世界時(UTC)から九時間進めた時刻として読める。国際子午線会議でグリニッジを本初子午線とした流れのあとに、国内の標準時もその枠で読まれる。勅令の一文は「子午線の時」、NICTの側は「百三十五度だから九時間」。言い方が違っても、住所は同じ経線を指している。時刻を空気のように読む読み方と、座標で読む読み方は、同じいまを指しても層が違う。広がりのままでは住所にならない。住所が先にあり、数字がそのあとから揃う。

東京の空の太陽を基準に時刻が決まっている、と読みやすい。制度の地図は、そうではない。定義の核は東経百三十五度の子午線の時であり、首都の南中そのものではない。南中は天文学の出来事として目に入りやすい。標準時の法令の核は、経線の時という決め方の側にある。いまの生成は、太陽を百三十五度線上で見て決めるだけではない。NICTが原子時計でUTC(NICT)を作り、それを九時間進めて日本標準時とする、という仕組みがある。名前の呼び方も一枚ではない。法令の側では中央標準時という言い方がある。日常で耳にする日本標準時は、NICTが作って通報する標準時の名称だ。かつては西部標準時という枠もあった。どれも地図の続きだが、先に持つのは住所そのものだ。名前の並走や一秒の刻み方は、住所のあとで足りる。時計の数字には、東経百三十五度という経線の住所が埋まっている。日本標準時は東経百三十五度である。

参考:情報通信研究機構「日本標準時」/e-Gov法令検索「明治十九年勅令第五十一号(本初子午線経度計算方及標準時ノ件)」

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