手紙を一通だけ書いた日

窓辺の机の上の便せん、万年筆、封筒と切手。

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先月、一通だけ手紙を書いた。相手は高校時代の恩師で、三年前に定年退職されてから、今は年賀状をやりとりするだけのつきあいだった。ふと思い立って、「ありがとう」を伝えたくなった。メッセージを送ることもできた。メールアドレスは知らなかったけれど、学校を通じて聞くこともできただろう。それなのに、その日はなぜか、便せんと万年筆を引き出しから取り出していた。

書き出しに三十分

机に向かって最初の一行を書こうとして、手が止まった。「拝啓」から始めるべきか、「ご無沙汰しております」がいいのか、季節の挨拶はどう書くのだったか。結局、三十分かけて書き出しだけを決めた。「先生、お元気ですか。突然お手紙を差し上げて、ごめんなさい」。

メッセージなら数秒で送れてしまう。その速さが気持ちを軽くしてくれる。けれど手紙は、書き出しだけで半分、気持ちを整理する時間になる。

まちがえた箇所はそのまま

書いている途中で、一文字書き間違えた。消すこともできず線を引いて直すと、便せんに小さな訂正のあとが残った。最初は書き直そうと思ったけれど、思いなおした。この訂正のあとも、私が考えながら書いた証拠だ。まっさらな文面よりも、むしろ気持ちが伝わる気がした。

投函するまでの時間

手紙を書き終えて封をし、切手を貼って、近くのポストまで歩いた。ポストの前で少しだけ立ち止まって、投函すると、ことんと音がした。もう取り戻せないけれど、不思議とすっきりした気持ちだった。

三日後、先生から返事が届いた。「ありがとう。うれしい手紙でした。元気にしていますか」。たったそれだけの短い文面だったが、読み返すたびに気持ちがじんわりあたたかくなる。

手紙の時間

手紙は遅い。書くのにも、届くのにも、返事を待つのにも時間がかかる。けれどその遅さが、気持ちをていねいに育ててくれる。来月も、誰かに一通だけ書いてみようと思う。万年筆のインクが、まだたっぷり残っている。

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