八重子さんの預かり所は、商店街のいちばん端、もう誰も来なくなった郵便局の裏手にある。看板は手書きで、「おとしもの あずかります (持ち主が見つかるまで)」。字がでかい。ついでに声もでかい。わたしが初めてこの部屋の戸を開けたのは十一月の終わりで、拾った財布を届けようとして交番の場所が分からず、迷いこんだのがきっかけだった。あれから三週間、なぜか放課後のわたしは、ここで塩大福を食べている。
「持ち主のいない落とし物なんてないの」と八重子さんは言う。七十二歳。四十年間、郵便局の窓口に座っていた人の声は、分厚いガラス越しでもお客に届くようにできている。「持ち主を探す気がない人がいるだけ」
十二月の最初の月曜日、わたしは七番のバス停で、灰色の毛糸の手袋を拾った。左手だった。ベンチの端に、きちんと指をそろえて置かれていて、なくしたというより、誰かが置いていったように見えた。預かり所に持っていくと、八重子さんは手袋を受け取って、まず塩大福をひと口食べた。推理の前には必ずそうする。理由は聞いていない。聞くと説明が長くなりそうだからだ。それから老眼鏡をずらして、手首のところを眺めた。毛糸のひもが一本、ぶらんと付いている。長さは三十センチほどで、先が斜めに切られ、毛先がささくれていた。
「こずえちゃん、これ、何だと思う」
「ひも、ですよね。右と左をつなぐ」
「そう。小さい子の手袋によく付いてるやつ。なくさないように、コートの袖に通すの。それが片方だけ切ってある」
「なくした拍子にちぎれたんじゃないですか」
「ちぎれたなら、毛がこんなにふわふわしてない。それに見て、切り口がなめらか。しかも斜め。ハサミでぎこちなく切った跡よ。大人はまっすぐ切るもの」
八重子さんは切り口に爪を当てた。
「まだ白い。毛先が汚れてない。切ってから、そんなに時間がたってないってこと」
手袋は小さかったけれど、幼稚園児の大きさではなかった。
ここまでで、手がかりは出そろっている。ひもは切られたばかりで、サイズは小学生、落ちていた場所は七番のバス停。わたしにはまだ、誰の手袋なのか見当もつかなかった。
「七番のバス停は、北小学校の目の前でしょう」と八重子さんが言った。「ひもつきの手袋をまだお母さんに持たされていて、それが恥ずかしくなって、自分で切った子。男の子ね、きっと」
「どうして男の子だって」
「勘」
「勘で言わないでください」
「だから、決めつけないで探すの」八重子さんは立ち上がった。「勘は勘。探すのは、ひもを切った子」
*
翌日の午後三時半、わたしたちは七番のバス停にいた。八重子さんは手袋をベンチの端に置いて、自分は少し離れた電柱の陰に、ぬっと立っている。目立つ。ものすごく目立つ。
「八重子さん、隠れてないです」
「隠れてるの」
下校の子どもたちが通っていく。何人かが八重子さんを見て会釈して、何人かがわたしに手を振った。この人はもう、町じゅうの子どもに顔を覚えられているらしい。四時近く、群れの最後のほうで、一人の女の子が足を止めた。ベンチの手袋をじっと見ている。六年生くらいで、髪を一つに結んでいて、右手にだけ、同じ灰色の手袋をはめていた。左手はポケットの中に入れたままだ。
「それ、あなたの?」
八重子さんが電柱の陰から出ていくと、女の子は肩を揺らして、観念したようにうなずいた。ポケットから出てきた左手は、指が赤くなっている。
「お母さんが、まだ付けるの。六年生なのに。友達に見られたくなくて、昨日の朝、バス停でこっそり切ったの。そしたら、手袋のほうをなくしちゃって」
「ふうん。ひもを切るのは、いいのよ」八重子さんは手袋を差し出した。「でも、手袋をなくしたら手が冷たいでしょう。それが、ひもの言い分だったのね」
「……はい」
「ひもを付け直すのは、お母さんには黙っておきなさい。かわりに、手首の内側に名前を書いておくの。外から見えないところに。そしたら、なくしても、こういう人が探してくれる」
女の子は手袋をぎゅっと握って、深く頭を下げ、駆けていった。
「男の子じゃなかったですね」
わたしが言うと、八重子さんは大福の包みを開けた。
「決めつけないって言ったでしょう」
「男の子って言ったの、八重子さんです」
「その大福、食べていいわよ。手袋が戻った分」
塩大福は、しょっぱくて、ちゃんとおいしかった。
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