会社の三階のコピー機の前には、いつも付箋が貼ってある。最初に気づいたのは四月の初めだった。黄色い付箋に鉛筆で「用紙、補充しておきました」と書いてある。誰が貼ったのかは分からないが、そのおかげで朝のコピーがスムーズに進んだ。わたしはその付箋の下に、自分も付箋を貼ってみた。「助かりました。ありがとうございます」。
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翌朝、付箋は新しいものに変わっていた。「どういたしまして。今日は雨の予報です」。わたしはくすっと笑った。誰かが見てくれている。顔も名前も知らない誰かが、毎朝ここに一言を置いていくのだ。それから、わたしたちの付箋のやりとりが始まった。
「おはようございます。今日は新しいコーヒーを試してみました」
「おいしかったですか? わたしはいつもの紅茶です」
「金曜日、お疲れさまです。今週はよく頑張りました」
相手の文字は角ばっていて几帳面で、たぶん男の人だろう。わたしと同じ階の誰かか、それとも別の部署の人か。それは聞かないことにした。聞いてしまうと、この心地よい距離が変わってしまいそうだったから。
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夏が過ぎて秋になり、付箋は百枚を超えた。わたしはそれを大切に手帳の間に挟んでいた。ある朝、いつもの付箋に、いつもと違う言葉が書かれていた。
ひとつだけ、お願いがあります。今日の昼休み、屋上で会えませんか。
心臓がとくんと鳴った。ペンを持った手をしばらく止めてから、小さな字で返事を書いた。
はい。屋上でお待ちしています。
昼休み、わたしはお弁当を持って屋上のドアを開けた。秋の風がふわりと髪をなでる。手すりのそばに誰かが立っていて、振り向いた顔を見て、わたしは息をのんだ。同じ部署の、隣の島の無口な先輩だった。二年間、ほとんど会話をしたことがない。
「あの、付箋の」
先輩は耳まで赤くなった。
「はい。ぼくです」
わたしたちは並んで手すりにもたれた。しばらく、何を話せばいいのか分からなかった。先輩がポケットから新しい付箋を一枚取り出して、書いた。
はじめまして。
わたしも鞄から付箋を出して書いた。
はじめまして。これからも、よろしくお願いします。
二人で顔を見合わせて笑った。コピー機の前の付箋は、次の朝から少しだけ言葉が増えた。
