毎年十二月になると、わたしは文房具店で手帳を一冊買う。分厚くて手ざわりのいい、少し高めのものを。一月はまじめに書く。予定、天気、読んだ本、食べたもの。二月は少し字が雑になって、三月の半ばにはページが白いまま増えていき、四月以降は鞄の底で静かに眠っている。三年続けて同じ失敗をした。それでも四年目の十二月に、わたしはまた新しい手帳を買った。
続かない理由は「ちゃんと」だった
なぜ続かないのか。振り返ると理由は単純で、「ちゃんと書こう」と思っていたのだ。毎日同じ時間に、きれいな字で、意味のあることを。そう決めた瞬間から、手帳は日記ではなく課題になる。書けない日は罪悪感がたまって、罪悪感がたまると開かなくなる。
三行だけ書く
四年目の手帳から、ルールをひとつだけ変えた。「一日、三行まで」。それ以上は書いてはいけないことにした。書くことが多い日も三行で止め、書くことがない日は「晴れ。コーヒー。眠い」でいい。三行なら五十秒で終わり、五十秒なら、どんなに疲れた夜でもできる。この方法にしてから、手帳は二か月目も三か月目も開かれた。空白の日もあるけれど、そのときはそのまま空白にしておいて、あとから埋めたりはしない。
空白も記録のうち
十二月に手帳を見返してみると、ぎっしり書かれた月もあれば、数行しかない月もあった。空白のページは、仕事が忙しかった週か、体調を崩した週だった。書けなかったことが、その週の記録として残っている。続かなかったのではなく、書けない時間があっただけなのだ。
来年もまた手帳を買うだろう。たぶん三月ごろに少し離れて、また戻ってくるのだと思う。それでいいと、今は思える。続けることより、戻ってこられることのほうが、よほど大事なのだ。
