毎朝六時四十分、シャッターの音でわたしは一日が始まったことを知る。最初に上がるのは肉屋で、店主は半分まで上げたところで手を止め、通りの端から端までを眺める癖がある。わたしはその頭より少し高いところから、つむじの薄くなり具合まで見えている。声をかけたことは一度もないし、かけられたこともない。
豆腐屋は七時前に湯気を出す。親父さんが大きな桶を運び、息子が板を抱えて後ろからついてくる。息子が中学のころ、店先の段差で転んで豆腐を三丁だめにしたことがあった。その日の親父さんの背中を、わたしは真上から全部見ていた。
八時十分には自転車の高校生が来る。ベルを鳴らしてアーケードへ入り、わたしの真下を抜けるときだけ、いつも少し速度を落とす。見上げられたことはない。それでも毎日落とす。
わたしは動けない。動くのは風の強い日だけで、それも自分で決めたことではない。西日が横から差す夕方には、体の端がまた少しほつれて、もとの色が思い出せなくなる。
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今朝、肉屋と豆腐屋が通りの真ん中で立ち話をしていた。
「来月の末だそうだ。屋根も柱も、ここは全部」
「アーケードごとかい。梯子でひとつずつ外すのか」
「そう聞いた。看板もだ」
肉屋が顔を上げた。視線はわたしの手前にある蛍光灯で止まり、そのまま下りていった。
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十月の終わりに、作業員が来た。柱から順に、梯子を持ち替えながら外していく。わたしは最後だった。結び目がほどかれ、体がふいに軽くなって、地面が近づいた。
受け取った男は路上にわたしを広げ、端から端までを眺めてから、通りがかった肉屋に訊いた。
「これ、何の旗だったんですかね」
肉屋は腕を組み、豆腐屋の息子を呼び、二人で長いこと考えた。
わたしの体に残っていたのは「歳末」の二文字だけだった。何の大売出しだったのか、誰にも思い出されないまま、わたしは四つに畳まれた。
