私は松ヶ丘ハイツ管理組合の書記で、毎月の理事会で規約第十四条を読み上げる係でもある。「共用廊下には、物を置いてはならない。置かれた物は、持ち主が名乗り出るまで管理組合が保管する」。十年前から一字も変わっていない条文だ。第二条には用語の定義があり、物とは「共用部分に存在し、移動の意思を示さないもの」とされている。
最初に預かったのは、三〇二号室の前の傘立てだった。集会室へ運んで保管票を貼り、持ち主が来るのを待った。翌日、三〇二号室の住人が保管票の控えを持って取りに来たが、手には受け取り用の紙袋を提げていて、それを集会室前の廊下に置いたまま中へ入った。紙袋も、置かれた物である。私は規約どおりに保管票を貼って、集会室へ運んだ。
その後も同じことが続いた。取りに来た人は、持ってきた荷物を廊下に置く。置かれた荷物は預かる。預かった荷物を取りに来た人が、また別の荷物を置く。三か月で集会室は棚から床まで埋まり、入口の戸が半分しか開かなくなった。
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理事会は対策を協議した。保管物を別の場所へ移すべきだという意見が出たが、第十四条の二により、保管物の廊下への仮置きも禁じられている。結論は、総会を集会室ではなく廊下で開くことだった。招集通知には「保管のため、会場を共用廊下とします」と書いた。
当日は百十二人が来た。廊下に椅子を並べて着席し、議長が開会を宣言した。議案は第一号から第七号まである。議長が第一号を読み上げているあいだ、出席者は誰も動かなかった。議事の最中に席を立つ者は、いない。
私は議事録を取る手を止めて、第二条を思い出した。移動の意思を示さないもの。共用部分に存在するもの。廊下に座って動かない百十二人は、定義に当てはまっていた。会計の吉村さんが、人は物ではないのではと小声で言った。理事長は規約の冊子を開き、第二条の該当行を指で押さえて見せた。吉村さんは、そのまま黙って座っていた。私は手元の保管票の束から百十二枚を抜き取り、一人ずつ背中に貼って回った。貼られた人は、貼られるあいだも動かなかった。
理事長と二人で、全員を集会室へ運んだ。入口は半分しか開かないので、横向きにして通した。荷物の隙間に、椅子ごと一列ずつ詰めていった。最後に私が戸を閉め、第十四条にしたがって鍵をかけた。
議事は、集会室の中で続いている。定足数は満たしている。持ち主が名乗り出れば引き渡す決まりだが、名乗り出るには動かなければならず、動いた者は物ではなくなって、保管の対象から外れる。外れた者は廊下に出る。廊下に出た者は、廊下に置かれた物として、また預かられる。
現在、集会室の保管物は、荷物を除いて百十二点ある。議案は、第一号から進んでいない。
