むかしむかし、雨のめったに降らない村に、かさ屋のおばあさんが住んでいました。軒先には、柿渋色や藍色や朱色の傘が、竹の骨をそろえて三十本ならんでいました。村の人は日に一度は覗きにきて、油紙の匂いをかぎ、柄をなでては帰っていきました。買おうとする客がいても、おばあさんが必ず言うのです。
「雨に濡らさんなら、売ってもええ」
傘を雨に使えぬと知ると、客は笑って手を引きました。傘は三十本のまま、何年も軒先に揺れていました。
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ある日の夕方、旅の若者が店の前で足を止めました。肩の荷は軽く、草鞋の底は薄くなっていて、目だけが赤い柄の傘から動きません。若者は朱色の一本を指さして、これをください、と言いました。おばあさんは長いこと黙ったあと、指を三本立てました。
「一つ、雨の日に開かんこと」
「二つ、人に貸さんこと」
「三つ、一年たったら濡れておらん傘を見せにくること」
若者は三つとも頷いて、銭を置きました。おばあさんは傘に紙を巻き、紐を二重に結んで、両手で渡しました。
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店を出た若者は、その晩の夕立にあいました。傘をさせば約束がやぶれるので、着物の前をはだけて傘を腹に抱え、背中だけを雨にさらして走りました。次の雨は渡し場でした。船頭が頭に手ぬぐいをのせて、その傘を貸してくれと言いましたが、若者は首を横に振りました。船頭は舌打ちをして、舟の底の水をかい出しました。
三度目は山の中でした。雨は夜通し降り、若者は木のうろにもぐって、傘を胸に敷いたまま朝を待ちました。膝から下は泥のかたまりになり、傘の紙だけが朱色のまま乾いていました。
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一年たった日の昼、若者は村へ戻ってきました。髪は額にはりつき、鼻の先は赤く、歩くたびに草鞋がぐちゃりと鳴っています。それでも抱えた傘は、紙も柄もからりと乾いていました。おばあさんは軒先から飛び出して、傘の骨を一本ずつ指で確かめ、とうとう声をあげて笑いました。
「よう守った。わしの傘で、こんなに乾いたのは初めてじゃ」
若者はくしゃみを三つして、そのまま店の土間にへたりこみました。
その様子を見ていた村の人たちが、次の日からぞろぞろと店に来ました。ずぶぬれで乾いた傘をかかえる若者が、あまりにえらく見えたのです。三十本の傘は三日で売れました。それから村では、雨が降るたびに傘を胸にかかえた人たちが、ずぶぬれのまま道を走るようになりました。
おしまい
おしまい
